78できるかな

【そのいち:まだできてない編】

 スコール、バッツ、ジタンの三人組は、別行動を取っていた一軍と期せずして合流した。正確には、鹿に似た生き物を見つけて、夕食にしてやると意気込むバッツの指揮のもとで追い込み猟をしていたところ、藪からにょっきり首を出したのが追いかけっこ中だったティーダとフリオニールだったというわけだ。
 獲物は取り逃がしたが、久しぶりに会う仲間の姿にスコールの同行者たちは殊の外喜んだ。
「セシルとクラウドもあっちにいるっす」
 髪に葉っぱを引っ掛けたままのティーダと、それを甲斐甲斐しく摘まみ取ってやるフリオニールに先導されて森を抜ける。彼ら四人は今夜の陣を山肌の洞穴に定めたらしかった。

 元気な連中はこれまでのことを報告し合っている。常にも増してテンションの高い彼らに混ざるのも億劫で、スコールは我が身を持て余していた。
「スコール、久しぶりだね」
 ぽん、と肩を叩かれて振り返る。セシルだった。
「元気そうだね?」
「ああ、何とかな」
「立ち話もなんだし、良かったらお茶でもどう?」
 フリオニールがこういうの備蓄しておいてくれるんだ、と誘われた先には、どこか粗雑な手つきで茶を煮出すクラウドがいた。あまり似合わないな、と思いつつ、促されるままに腰を下ろす。
「久しぶりだな」
 クラウドの目線は茶葉が泳ぐ鍋に向いたままなので、危うく聞き逃すところだった。どう返事をすべきか逡巡していると、不意にクラウドが顔を上げる。
 内から発光する氷塊のような碧がスコールを見る。触れたら冷たさで火傷しそうだ、とまるで支離滅裂なことを思った。
「どうした」
「え、」
「具合でも悪いのか」
「あ、いや、」
 小首を傾げたクラウドが訝っているのが見て取れて、スコールは動揺した。その傍ら、セシルは飄々と茶を汲みスコールの手に握らせる。そのまま腰を落ち着けるのかと思ったら、それじゃごゆっくり、と立ち去ってしまった。おい待て、置いていくな。あんたが誘ったんじゃないか。どういうつもりだ。
 動揺を通り越してちょっとした恐慌状態に陥るスコールを、クラウドはじっと見つめている。スコールの知っているどの碧とも違う碧に内面を見透かされるようで——そうだ、いつもクラウドの眼が少し恐ろしい。
 彼と差し向かいで目が合うのは初めてではない。別れたり合流したりと流動的なクリスタル探しの旅で、クラウドとは何度かすれ違っている。邂逅はほんの数分のこともあったが、彼に会ったあとはしばらく、現実からほんの少し乖離した輝きが脳裏から離れないのが常だった。
 なぜ、そんなにも透徹したまなざしを自分に向けるのか。それとも、他の誰に対しても同じように見るのか。問い質したい気持ちを、未知への怯えに似た躊躇いが上回る。

 ふ、と息を吐いたクラウドが、顔を逸らした。
「そう緊張されても困る」
「……べつに」
「揶揄ってるわけじゃない、悪く取るな」
「そういうわけじゃ」
 絞り出すような声しか返せないスコールに肩をひとつ竦めて、クラウドもカップに口をつける。背後の喧騒がいやに遠く感じた。こういう時に限ってバッツもジタンもティーダも乱入してこない。どいつもこいつも役立たずだ。
 恐慌をさらに通り越して、今度は八つ当たりを始める。そこで目の前の男から意識を逸らしたのが悪かった。
 クラウドの指がついと伸ばされ、スコールの傷跡に触れた。そんなに近くに座っていたつもりはないのに、二人の距離はほんの数十センチしかない。不思議と体温を感じない指が傷を辿り、くっと眉間を押す。
 ささくれた指先の無骨さに驚く自分がいた。人差し指と中指で眉間を揉むように押して、そのまま頰の方へ滑っていく。親指が頤に添えられる——これでは、まるで。
 スコールを指一本で縫い止めた男は、至極愉快そうに笑った。スロウかストップでもかけられたように身体がいうことを聞かない。誰か、誰でもいいからエスナを頼む。
「……皺が取れなくなるぞ」
 クラウドの指はまだスコールの眼の下に留まっている。ようやっと反応した腕でそれを跳ね除けようとした矢先、くるりと翻った爪が流れるように耳朶をくすぐった。
「んっ!」
「いい反応だ」
 取り落としかけたスコールのカップを器用に受け止めて、クラウドは身体を引く。ほら、と返却されたカップの水面は何事もなかったかのように静まっていた。
「あっあんたな、」
「揶揄ってるわけじゃない。悪く取るな、さっきも言ったが」
 クラウドは泰然としたものだ。スコールは唇を噛んだ。頭の中ではあれだけ饒舌でいられるのに、いざとなると言葉にならない。もどかしさと恥ずかしさで、声が上ずらないようにするだけで必死だった。
「馬鹿にしてるのか」
「まさか」
「いきなり何のつもりで、」
「だから言っただろう」
 いつの間にか飲み干したカップを置いて、クラウドはもう一度、スコールを見た。
「揶揄っては、いない。馬鹿にしても、遊んでもいない。ついでに言えば、いきなりでもない」
 そして立ち上がりざま、スコールの耳元に唇を寄せた。睦言のように。
「あとは自分で考えろ」
 答え合わせならいつでも付き合う、そう言い置いて、するりと金色が離れてゆく。香りも残さず、行ってしまう。
 スコールは今度こそカップを取り落として、何でもいいからどこか遠くへ逃げてしまいたい、と痛切に思った。



【そのに:そろそろできる編】

 好きだ、と言われた。
 返事は急がないし、何ならなくてもいい、とも言われた。俺が言いたかったから言っただけだ、あんたには言わないといけないと思って言った。スコールを正面から見据える男の眼は、揺れる水面のような碧に光っていた。
 ああともううとも言えずに固まるスコールを見て、男がふと表情を和らがせる。力の籠もっていたのだろう目尻がすいと細められて、それで、もしかしたらこの男も緊張していたのかもしれないと気づいた。
「悪いな、困らせたか」
「……困る、ことは困っている」
「迷惑か」
 俺の気持ちは。そう呟く男に、そうだと言ったら二度と会えなくなってしまう気がして、慌てて首を振ったのもほとんど無意識だ。
「そうじゃ、ない、が」
「が?」
 しおらしく見えたのは錯覚だったのかブラフだったのか、言い淀むスコールの言葉尻を捉えて小首を傾げる。自分より少しだけ背が低い、だが鍛え上げられた身体でもってどんな敵でも吹っ飛ばす男だ。すっと通った鼻筋の下に、少し厚めの唇が引き結ばれている。
「迷惑じゃないなら、何だ、スコール」
「その、驚いて」
「そうか」
「あんたが、その、おれを、そういう、風に思うのが、よくわからない」
 まったく役に立たない口と舌だ、縺れて絡まってまるで回らない。いや回っていないのはスコールの頭の方か。
 野営のテントの中はふたりきりで、ゆらりとなびくランプの炎が男の透けるような金髪を今は暖色に揺らしている。
「つまり、どこをどうして好きになったのか、説明しろということか?」
 じり、と距離を詰められて、思わず腰が引ける。どこまでも真面目そうな顔をしてはいるが、きっと今の状況を楽しんでいるに違いない。スコールのそれとは似て非なる世界からやって来たという男は、こういうところで歳上らしい余裕のようなものを垣間見せる。
「いいさ、説明してやる、いくらでも」
 男の左手がもうスコールに届く。
「いっ、いらない」
 気がつけば壁際に追い詰められて、これ以上下がったらテントを倒してしまう。
「いらないのか?」
 重心を前に移した男の顔が、もう数十センチの距離まで迫っていた。吐息どころか、瞬きの音さえ聞こえそうだ。咄嗟に息を詰めるスコールの髪を指先だけでついと撫でて、男は笑った。
「こんな風に初心なところとか」
「や、めろ」
「意外と面倒見がいいところとか」
「知らない、離れろ」
「太刀筋が綺麗だ、スピードだけじゃなくて威力もある」
「は、」
「それに、強いな。あんたは」
「おい、」
「独りで歩く重みを知っている」
「何の話だ、」
「あんた、首から耳のあたり、弱いだろう」
 そういうのもそそる、といいざま、グローブを脱いだ男の指が耳の後ろをくすぐった。ぞくりと走るものに反射的に首をすくめるスコールの長い前髪を掬い、最早抱きしめるような体勢で、男はスコールの眼を見る。
「まだあるが、聞くか?」
 返事を待たず、その手の中のスコールの髪に唇を押し当てる。顔面の整った男がそうするとまったく芝居か何かのようだ。スコールは呼吸困難を起こしかけて今度こそ固まった。
「……前言撤回だ」
 するりと頰を撫でられて、大きな掌に顔を包まれる。自ずから発光しているような不思議な碧玉は、ランプの灯りにも染まらずスコールを射抜いた。
「返事が聞きたい。今、ここで、」
 やわやわと唇を押す男の指。
「あんたの口から、ちゃんと」
 ——ぐうの音もなくスコールは陥落した。野獣にひれ伏す猫のように。

 どさりと押し倒されたが、頭も背中も痛くない。寝床にしている柔らかな布が積まれた上に誘導されたのだと気付いて、その手際の良さというか、目端の利くことに場違いに感嘆する。それはともかく、自分の上に伸し掛かる男を見上げて、スコールは咄嗟に口を開いた。
「ちょ、っと待て」
「何だ」
「す、するのか」
「したい」
「おれがその、下なのか」
 よくぞここまでちゃんと声に出して聞けたと、スコールは自分を褒めてやりたい気分だった。どちらも大変に大切な確認事項だ。外では仲間が見張りをしているし、何の準備もしていないし、スコールだって男だ。
 それらをまるで意に介さないように、その腕でスコールを閉じ込めた男は言う。
「俺は今、あんたとしたい。できれば俺があんたを抱きたい」
 スコールを見下ろす眼は、昼間とまるで違う。隠しきれない熱を孕んで、視線の通ったところから焼けてしまいそうだ。
「あんたがどうしてもと言うなら、俺が抱かれるのでも構わない。だが——」
 男は、飢えた狼さながらに双眸を眇めた。
「ずっと想像していた。あんたに触れて、あんたを善がらせて、あんたがどんな声で鳴くか」
 節くれだった男の指がスコールの喉をくすぐる。くぅ、と漏れる呻きに男の口許が緩んだ。
「あんたの奥で抱き締められたらどんなにイイだろうと」
 羞恥で気を失いそうだ、いっそ失ってしまいたい。酸素の足りないスコールは瞼を固く閉じて男の言葉を遮った。
「もうやめてくれ」
「何を?」
「その、喋るのを」
「何故?」
 愉快そうな色を滲ませる声からもう逃げられない。髪を、頰を、瞼を、耳を、悪戯に撫でてゆく指先からも、重なった胸から伝わる少し早い鼓動からも、腰の辺りに触れる熱塊からも。
「卑怯だぞ」
「何がだ?」
 ——もう、あんたに抱かれることしか想像できない。
 そう口走るのがやっとで、スコールは噛み付くように唇を重ねた。一瞬、目を見開いた男は満足気に笑う。侵入してくる舌を、スコールは拒まなかった。
 彼から逃げられないことは初めから決まっていたのだ。スコールが気づく、はるか前から。
「クラウド」
 貪られる合間に名前を呼ぶ。スコール、と呼び返す声は、これまでに聞いた中で一番甘く柔らかかった。




【たぶんできた編(ステータス異常・くらやみ)】

 油断していた。スコールは振り抜いたブレードが敵を破壊したのを手応えで感じながら舌打ちをひとつ。
 いまわの際のイミテーションに、まさかブラインを放たれるとは思っていなかった。一瞬で黒い靄のかかる視界に歯噛みする間もなく、複数の殺意が向けられるのを察知する。どろりとしたもの、刺すようなもの、殴りつけるようなもの、数は恐らく三体か。意思を持たぬ模造品のくせに、誰を狙えばいいかは正確に分かるらしい。
(捌き切れない)
 場数を踏んできた自負はある。スコールはまだ少年と呼ばれる歳だが、それでも一流の傭兵として育てられたのだ。だが視力を奪われ複数の敵を相手にして、なお無事でいられるとは思えなかった。とはいえ、針の先で突いたほどしかない視界では、逃げ果すこともできないだろう。
(やるしかないか)
 悪足掻きは得意だ、嫌でも足掻かざるを得ない局面になら何度も陥ってきた。グリップを握りしめた革のグローブがぎゅうと鳴る。牽制を兼ねて火薬を撒き散らそうとしたその瞬間だった。
 ごうと風が鳴るのを聞いた。重い斬撃に圧縮された空気がイミテーションどもを捉える。一拍遅れて響いた衝突音は爆発にも似て、敵の一体が別の個体を巻き添えに吹っ飛んだことをスコールに知らせた。間違えようもない、この豪風は。
「クラウドか」
「何があった」
「変異型に目をやられた。ほぼ見えない」
「変異型?」
「多分倒した」
 なるほどな、とクラウドが言うのと同時にスコールを跳び越してバスターソードを振り抜いた。三体目が背後の岩塊に叩きつけられる。
 助かった、が気を抜いていられる状況ではない。ガンブレードを構え直すと、背中合わせに立つ男が静かにそれを押し留めた。
「あんたは動くな」
「しかし、」
「すぐ終わる」
 一瞬、肩甲骨が触れ合う。緊迫した状況だというのに、伝わる微かな体温に宥められた。

 予告通り、クラウドはあっという間に三体を屠ったらしい。スコールの立つ位置を台風の目のように荒れ狂うクラウドに、動くなと言われずとも動けなかったスコールは、イミテーションの硝子を引っ掻くような断末魔に鼓膜を刺されて顔をしかめた。視覚が奪われた分、他の感覚が鋭くなっているようだ。
 がしゃりと重い金属の音がしてクラウドが目の前に立ったことがわかる。顔の前に暖かなものがかざされたが、やはり見えない。
「まだ見えないか」
「ああ」
「目薬か万能薬は?」
「ないな」
「俺もだ」
 そもそもこの世界で状態異常に陥ることはごく稀だ。オニオンやティナならエスナが使えるし、用心深い連中はそれでも一通りの治療薬を持ち歩いているようだが、スピードを重視するスコールは身軽さを優先して荷物を増やさない。腑抜けた、と認めざるを得なかった。
 奥歯を噛み締めるスコールの手首をクラウドが取る。
「とりあえず撤退だ。ベースキャンプに戻れば誰かしらいるだろう」
「……ああ」
 不甲斐ない。悔しくて仕方がなかった。苛立ちを隠せずに言葉少なになるスコールに、クラウドが唇の端を楽しげに吊り上げたのも、当然見えなかった。

 荷物になるガンブレードを消して、手を引かれるまま走る。自分の荒い呼吸がうるさい。背後からは複数の殺意——イミテーションが追ってきている。
 ぐいと腕を引かれて前方に突き飛ばされる。今しがたスコールのいた位置に何かがバウンドした。背筋をぞくりと戦慄が走る。
「ティーダのイミテーションだ」
 クラウドの解説してくれる声がいやに冷静だ。
「他には?」
「ゴルベーザと、あれは……暗闇の雲か。まずいな」
 スコールを引き起こしながらクラウドが言う。相変わらず平坦な調子だが、状況に鑑みれば確かに嬉しくない組み合わせだった。
「スコール」
「……闘うのか」
「ああ、ティーダが出口を塞いでる」
 こうなれば一体も三体も同じだ、まとめて叩き潰す、とこともなげな言葉はいっそ傲岸ですらある。その涼しい横顔が蟠る暗闇の中に浮かぶようだった。
「あんたも手伝ってくれ」
「……おれが?」
「指示する通りにしてくれればいい、MPはまだあるな?」
「ああ……分かった、俺はここから動かない」
「そうしてくれ、巻き込みたくないからな」
 こちらだって振り回されるバスターソードに突っ込んでいくほど死にたがりではない。くっと顎を引いたスコールの肩を拳で叩き、クラウドは呼吸を整えた。
「……行くぞ」

「四時、二十、三十五!」
 言葉と同時にスコールは身体を捻り、見えない目を捨てて距離と角度を図る。四時の方角、距離二十メートル、仰角三十五度。かざした手からいくつもの氷弾が放たれ、一瞬置いて爆発する——手応えありだ。すかさず雷撃を叩き込むと、敵が悲鳴をあげる。収束する雷を追って疾風がスコールの脇を通り抜けた。空を切り裂く連撃から逃れることを許さず、スコールの頭上でエネルギーが破裂する。
「……悪く思うな」
 あれだけの斬撃で一方的にぼこぼこにしておいて、悪く思わないやつはいないだろう。が、標的は何かを思う猶予も与えられず粉砕されてしまった。
「終わりか?」
「ああ、今ので最後だ」
 二人の口から同時に息が漏れる。スコールは額に滲んだ汗を拭った。普段使わない神経を全力で研ぎ澄ましたせいか、ひどく喉が渇いていた。
「大したものだ、さすがだな」
「……あんたの指示のおかげだ、何発も外したし」
「俺の読みが甘かったせいだ、気にするな」
 悪くなかったな、と言う声が心なしか弾んでいる。やらされているこっちはいつ外すか、クラウドを巻き込みやしないかと気が気でなかったというのに。
「さあ、出るぞ」
 再び手を取られる。離れていたのはほんの数分だったはずなのに、その感触がいやに懐かしかった。

 ぐん、と引っ張られるような感覚の後、両足が草を踏む。ひずみを抜けたのだ。思わず深く息を吐く。そういえばクラウドに礼を言うのを忘れていた。
「クラウド、」
「なんだ」
 彼に左手を取られたままだ。ジャケットとグローブの隙間にわずかに覗く素肌に革の感触がある。スコールが口を開くより一拍早く、
「あんた、もう少し食った方がいいんじゃないか」
「……は?」
「こんなに細かったか」
 ほら、と言うクラウドの指が回った。持ち上げられた手首を矯めつ眇めつされている気がする。居心地が悪い。
「……あんたの手が大きいんだ」
「そうかもな。でも」
 この間気づかなかった、不覚だ。そう囁くクラウドの声が耳許にある。不覚だと言いながら愉快そうな声色に、あるいは意味を含めた「この間」という言葉に、思わず掴まれた手を振り払った。声を殺して笑っている気配がする、殊勝にも礼を言おうとしたところだったのに!
「毛が逆立ってるぞ」
「なっ、んの話だ!」
「概念上の」
「ジタンじゃあるまいし」
「あいつよりあんたの方についているべきだったな、尻尾」
「あんたな、」
「きっとよく似合う」
「おれを何だと思ってるんだ」
「可愛い恋人」
 しれっと言うクラウドは通常運転だ。始末に悪いのは彼の発言の前半はともかく後半は先日本当になったということと、
「冗談はよせ」
「俺は常に真剣だが?」
 前半も揶揄ではなく本気だということだ。閉ざされた視界と相まって目眩を覚えたスコールは手を額に当てる。クラウドがぽつりと呟いた。
「……冗談にしたかったのか」
「なんの話だ」
「後悔しているのか、と聞いている」
 スコールは気圧されてぐっと息を呑む。数音低くなった彼の声に引きずり出されるように記憶が蘇る。
(——可愛いな、スコール)
 かわいい、すきだ、そんな顔を俺以外に見せるな、いい声だ、逃げるな、それでいい、ああ気持ちいいな、本当にかわいい。
 窒息してしまえと言わんばかりに降り注ぐ言葉の甘く濃密なこと。心臓を押し潰すような羞恥と喜悦に身を捩り逃げを打つ身体を、静かに確実に捉えて奈落の底に引きずり込む掌の熱量と指の繊細な動き。許容値をはるかに超える快楽に恍惚と墜落するスコールを抱き締めて、狼は笑う。そして、もう許してと息も絶え絶えの野良猫に舌舐めずりして、まだ喰い足りないもっと寄越せと熱い荒い息を吐いたのだった。
 実際には何時間もかけられた行為でも、追想は一瞬だ。ぼっ、と音がしそうなほどの勢いで紅潮したスコールの頰に、革に包まれたままの指が触れる。
「……やっぱり尻尾はいらないな」
「〜〜〜っ、」
「充分わかりやすい」
「うるさ、」
「可愛いな、スコール」
「や、めろ」
「キスしていいか」
「こんなところでっ」
「するぞ」
 間髪置かず、柔らかく乾いたものが頰に触れる。ちゅ、ちゅ、と数回音を立てて離れた。首を逸らしたまま固まるスコールに、クラウドが小さく笑う。
「どうした、石化もかけられてたのか」
 それとも、他の場所を期待してたのか?
 耳朶を柔らかくくすぐる囁きを必死に振り解いた。たちの悪いことこの上ない恋人は、いつまでも笑っていた。

 キャンプで二人を出迎えたのはフリオニールとティーダだった。クラウドに手を引かれて大人しくしているスコールを怪訝がっているのが分かる。
「どうしたんすか? スコール」
「イミテーションに目をやられたらしい」
「目を! 大丈夫か、傷はなさそうだが」
「……ただのくらやみだ」
 息を呑むフリオニールは本当にお人好しだ。即座に呪文を詠唱し、エスナをかけてくれる。温かなものが瞼に触れた。
「……どうだ、見えるか?」
「ああ……ちゃんと見える、助かった」
 何度か瞬きを繰り返せば、クリアになった視界に眉根を寄せるフリオニールが見える。ありがとう、と言うと、安堵したように息をついた。その横のティーダがちらりとクラウドに目を向け、次にスコールを見て、にやりと口角を上げるのが気になったが。
「……何だ」
 戦闘のプロを自負する自分が、初歩的な状態異常にかかったことを面白がっているのだろうか。む、と目を眇めるが、ティーダはなんでもなーいとはぐらかす。
「何にせよ無事でよかった。……けどクラウド、その石って、」
「はいはいフリオニール、ちゃっちゃと夕飯の準備するっすよー。クラウドもスコールもおつかれさん、今日は猪だってさ」
 何かを言いかけたフリオニールを引きずってティーダが去っていく。ばっと振り返ると、クラウドが緑色に発光する珠を手の中に転がしていた。
「あんた、それ、」
「そういえばあったな、ちりょうのマテリア」
「……さっき、何もないと」
「目薬も万能薬もない。これのことはうっかりしていた」
 すまないな、と嘯く顔は、悪戯がバレた子供のそれだ。口をぱくぱくさせるスコールに、まあしかしうっかり忘れた甲斐があったな、と笑いかける。
「おかげでいいものを見られた」
「——ふ、ざけるな!」
 摑みかかるスコールの腕をひょいひょいと避けるクラウド。それを遠目に見るフリオニールは、
「……なあティーダ」
「なんすか?」
「あのふたりって」
「馬に蹴られるやつだぞ、それ」
「……なるほど」
 粛々と夕食の準備に戻る。向こうではまだふたりがどたばたやっている。刻んだ野菜を鍋に放り込むティーダは冷めた目で肩を竦めた。
「うふふ捕まえてごらんなさーい、ってやつっすね」
「なんだそれ」
「分かんないならいい」
 探索に出ていた仲間たちが続々と戻ってくる。わあ追いかけっこ楽しそうね、わたしも混ぜて! とさっそく手を打つティナを、オニオンが必死に押し留めていた。
「平和だな」
「な」