まばたき

 あなたは、わたしの、

 あれは若い木の伸びる枝だな、と杯を傾けるバッシュに、フランは片眉を持ち上げることで応えた。言った当人は、言った端から己の拙い詩情に面映くなったのか、まだ三割ほど入っているだろう杯を手にしたまま、空いた片手で焚火を掻き回す。エンサの乾いた空気を含まされた熾火がぱちりと爆ぜた。
 フランの相棒に舌打ちさせるヤクトの天蓋のもと、今宵のエンサもひきつけのような砂嵐を舞わせている。アーシェがいかに焦ろうとも一日二日で超えることなどできない漠々たる砂漠の旅路は、やっと道半ばといったところだった。ウルタン・エンサに追い回された挙句、野営に相応しい岩陰を探すのも一苦労だ。ことに、これだけの人数を擁するパーティとあっては。
 これほどの人数と旅をするのは初めてだわ、と柄にもなく話の口火を切ったのはフランで、その嘆息に目を細めて笑ったのはバッシュだ。あとの面々は、フランから見てバッシュの背後に垂れた即席の天幕の向こうで束の間の休息に身を委ねている。
 野営の不寝番は「大人」が交代することになっていた。組になるのはフランとバルフレア、バッシュとウォースラが常だったはずだが、この夜に限って組み合わせがずれた理由をフランは思い出せない。
 どうあれ、長い夜のつれづれに少ない酒精を舐めるのは不寝番の特権だ。ラバナスタの酒は砂漠の国の産物らしく重く甘い。
「大人数に慣れないのでは気苦労もあるだろうな」
「そうね」
 端的な肯定にバッシュが小さく笑う。
「私などは軍隊暮らしが長いから頓着することもないが――すまないな、迷惑をかける」
「いまさらだわ」
「いまさらだな」
 火かきにしていた木の枝を離した左手でボトルを勧める男に、フランは一瞬逡巡してからグラスを差し出した。ラバナスタの酒は好みではないが、この男がそれを知る必要はないし、知ったところで誠実な声色で薄っぺらい謝罪が返ってくるだけだ。この男にはそういうところがある。自分のせいではないことこそ謝りたがる。
 そうして話はひとりひとりの品評会じみた様相を呈し始めた。というのも、バッシュが出し抜けに問うたからだ。きみの目には、殿下はどう見える。
「どう、とは?」
「なんでもさ。どのような人物に見えるかと思って」
「評価を求めているの?」
「評価、ではないな。単なる興味だ。私の目は曇っているかもしれんからな」
「曇っていることの何が問題なのかしら」
 あれだけ長く牢獄に暮らしていれば目くらい曇るでしょうに。
「あまり虐めないでくれ。答えを無理強いしたいんじゃないんだ」
 おどけて肩を竦めるバッシュに免じて、フランは答えてやることにした。
「ひきつけ」
「――なんだって?」
「ひきつけ、みたいなものだわ。あなたの『殿下』は」
 それ以上を語らず酒で唇を湿らせるフランの前で、バッシュは杯を揺らす。ひきつけ、ひきつけか。何度か口の中で繰り返しているのが分かるが、どういう意味だと説明してやるわけにもいかない。なんとなれば、フランだってただの思いつきを口にしたに過ぎないのだ。
「まあ、言い得て妙だな」
「あなた、分かったような口を利くって言われるでしょう」
「弟がよくそう怒られていた」
「あなたは?」
「素直で手のかからない退屈な子だと」
「……」
「本当だ」
 この男の冗談が上手くないのは分かった。
 ひきつけ、という喩えが彼の興味を惹いたのか、次に俎上に上がったのはバルフレアの名だった。
「あれはくしゃみ」
「くしゃみか、それはいい」
 くだらない言葉遊びも重ねるうちに的を射たような気分になってくる。思えばこの時のフランは少しばかり酩酊していたのかもしれない。いずれにせよ、この冗談の下手で退屈な男は、本人の言うほど退屈ではなかった。
「私は」
「あくび」
「ふふ。ウォースラ」
「鼻詰まり」
「そう来たか……ヴァン」
「しゃっくり」
「上手いな」
「どうも」
 投げられた玉を投げ返す要領でほとんど考えることもなく適当な言葉を引っ張り出す。反射神経に任せた応酬の中、フランはその名が挙げられるのを待っていたのかもしれない。
「パンネロ」
「まばたき」
 その時、バッシュがどんな顔をしていたのかは覚えていない。ただいつものように目を細めて笑ったのだろう。烈々たる太陽光線を乱反射する砂漠のかなたを見つめ続けて褪せた青は、何かを見ているようで何も見ていない。
 子供ふたりを若い枝に喩えて男は口を噤んだ。遠鳴りの砂礫の気配を追いながら、フランはゆっくりと瞼を下ろし、もう一度開く。焚火が爆ぜて火の粉が舞う。
 ひどく目が乾いていた。

 おまえはまばたきをしないからそうなるんだ、と言ったのは、里で一番の弓の名手と言われていた防人だった。フランの放った矢が目標をわずかにずれて獲物を取り逃した時のことだ。
 まだほんの子供だった時分だが、すでにその明晰さが際立っていた姉のヨーテは次の長になるだろうと暗黙の了解があった。その妹であるフランとミュリンは、いずれ姉を支えるに足る力をつけねばならない。森の声を聞くことに長けた末妹は薬師がよかろうとなれば、フランが選ぶ道は防人より他にない。
 消去法の末とはいえ、先達たちはおおむねフランの筋の良さを認めた。里の中での訓練を切り上げ、長弓を手に森に踏み入り、さああれを狙ってみろと言われるがままに矢を放った、それが外れた。
「聞いているか、フラン」
「……まばたきを」
「そうだ。まばたきをせねば目が乾く。乾いた目ではものが正しく映らぬ、だから的を外す」
 諄々と説く防人の声がどこか遠い。彼女の言っていることは妥当だ。フランは指先で己の瞼にそっと触れた。
「わたしは」
「なんだ」
「まばたきをしていませんか」
「気づいておらなんだか」
 おまえにはどこかぼんやりしたところがあるな、と笑ったのは、揶揄うためよりこの年若いヴィエラを身構えさせぬためだったのだろう。それにも気づかず、フランはさきほど外した鏃の飛んでいった先を見た。森は深い。光が射してもなお静謐な闇をそこここの葉蔭に孕み、豊穣な沈黙を保っている。
「――まばたきをしては、」
 見失ってしまうような気がするのです。
 言い訳にもならぬひとことはフランの喉の奥に消え、防人はその敏い耳をひくりと動かしたが何も聞かぬ風情で藪を掻き分けた。

 まばたきなどしていられない。
 瞼を閉じ、再び開く、その一瞬で世界がまるで変わってしまうということを、フランは知っていた。
 潤ったまなこで世界の生まれ変わる瞬間を見過ごすよりも、乾いて霞んだ網膜に変容の刹那を映したい。それよりも尊いものなど何もない。
 だからフランは里を出た。サンカヨウの花弁のように白かった肌が太陽と埃で褐色に転じ、処女雪に鉄粉を振りかけたように耳の端が染まっても、フランはまばたきをしなかった。
 くしゃみのような少年に出会った。まるで似合わない鎧に着られていた子供は、ある晩飛空艇を盗んで洒落者の顔に着替えた。むず痒さに耐えかねてくしゃみをしたほんの一瞬に、少年は男になってフランを手招いた。
 ふたりは空賊と呼ばれるようになった。実在の怪しい宝のありかを目指し、たいていの場合は噂が過分であったことに落胆するバルフレアの隣で肩を竦めるのがフランの主な仕事だった。厄介なバンガに追われることもあったが、それよりもフランの目は世界を映すことに忙しい。
 ラバナスタ王宮に忍び込んでから、フランの眼球が潤う隙はなかった。しゃっくりのように思い通りにならない子供を拾い、ひきつけのように噴火と消沈を繰り返す王女殿下と行き合いになり、叩き込まれた牢であくびのように眠い顔をした亡国の将軍を伴った。あの卑劣で小心なバンガに攫われてしまった少女は、世界の苛烈さよりも取り残される孤独に怯えて震えていた。
 かしましい一軍の最後尾を歩きながら、フランは世界の目を盗んでまばたきをする。この須臾の暗闇に瞳が潤わされる間、どうかこの世界から取り残されませんようにとフランが祈っていることは、バルフレアも知らない。

「どうか、お客人」
 とガリフの最長老は頭を下げる。岩のように重々しく、刈りたての綿のように柔らかく、大樹のように有無を言わせぬ声だ。
「今宵、ひと差し待っていただけぬか。我らの唄とともに」
 我らの唄とともに。我らの大地のために。あなたがたの道行きの幸いのために。
 誇り高き戦士の長は、許しも得ずに女性の手を取るような無粋はしない。ただひたすらにこうべを垂れる懇願に、パンネロがひどく取り乱したのも無理はない。
 彼女に舞の心得があるのだと唐突に言ったのは、無論のことヴァンだ。横隔膜が痙攣する前に伺いを立てぬのと同じように、彼は天啓のようなひらめきをためらいなく口にする。己の言ったことで幼馴染みが狼狽していることに気づきもせず、壁にかかったガリフの面を凝視していた。
 パンネロは散々にうろたえ、ご覧いただくほどのものでは、などともごもご口を濁らせて、挙句、ほとんど泣き出しそうな目でフランを振り返った。唇が音を吐かずに、どうしよう、と動く。
 なぜこの時、パンネロはフランを振り返ったのだろう。フランには分からない。フランに見えていたのは彼女の瞳、とろりと溶け出す蜂蜜のような瞳だけだ。
「素敵だわ」
 ゆっくりとまばたきをしてから、フランは言った。思いとは反対の方向に進んだ助け船に唖然としたパンネロは、唇を薄く噛み、ぎゅっと寄せた眉根を震わせる。身体の脇に握りしめた拳が白んでいる。
 数秒の沈黙のあと、パンネロはついにうなだれていた頭を上げた。くるりと小さなステップを踏むのに合わせて、フランはもういちどまばたく。少女の変容する瞬間を見逃さぬために。
「――喜んで、舞わせていただきます」
 まるで人身御供に選ばれでもしたような声だったが、少女の横顔は凛然としていた。フランはまばたきのタイミングを誤らなかったことに微笑した。

 ガリフの唄は低く共鳴し夜空に渦を巻いてのぼる。面の振動さえも音楽にして響く旋律は美しく乾き、広場の中央に焚かれた炎から遊離する火の粉を共連れに拡散する。打ち鳴らされる鼓の拍動。大きな車座を描いて大地に腰を下ろしたガリフたちは、夜の優しさを知っている。
「あのお嬢さんも、なかなか肚が座ってるな」
 隣に立つバルフレアの言葉に、フランは小さく首を傾げる。その仕草が疑問ではなく異論であると気づかない空賊は、右手に提げた酒瓶を呷りながら続けた。
「まあ、あんな頼まれ方しちゃ断れねえか」
 優しいもんな、あの子は。
「……バルフレア、あなた」
「おっと勘違いするなよ。お子様は守備範囲外だ」
「あなた何も分かってないわ」
「どういう意味だ?」
「……」
「俺を無視すんのおまえの悪いとこだぜ」
「……」
「なあ、」
「始まるわ」
 どん、とひときわ深く鼓が響く。どん、ど、と足音のように刻む上に、しゃら、と涼やかな金属の風が吹く。フランは炎に灼かれた瞳を夜空に向けて、二度まばたきをした。
 すくりと立ち上がったパンネロは常とは違う装束に身を包んでいる。あちこちで拾い集め、あるいは路銀を割いて買い求めた色とりどりの薄衣を纏い、両手に榊のような鈴を持っていた。編み込まれていた髪を下ろしてゆるく波打つままにしたのはアーシェの手解きだ。並んで立てば見下ろしてしまうほど小さな身体を伸ばし、手首の動きだけで鈴を鳴らす。
 石塊の転がる大地を見据えていた瞳が、幾度目かの鈴の響きとともに前を向いた。蜂蜜のように甘ったれた光はもうどこにもない。巻き上がる炎を映して真鍮色に輝く瞳がわずかに笑んだのを、フランは見た。
 薄い布沓に包まれた爪先が大地を蹴る。肩に垂らした薄紅の衣が、炎の熱気とガリフの響きを孕んでふうわりと広がる。鈴が鳴る。年頃のヒュムの娘らしい柔らかな脂肪に覆われた腰が、眩暈を誘うようにしなる。
 独りぼっちになることだけを恐れてシュトラールの座席にしがみついていた可哀想な少女は、ここにはいない。眠れぬ夜闇に怯えて膝を抱える危ういこどもは、もういない。
 守られるばかりだった娘は、たった今、蛹を脱いで見事な羽化を果たしたのだ。幾重にも折り重なる色彩を翼として、清浄な鈴の音をさえずりに変えて、自らの力で歩むことを覚えた両足で軽やかに跳躍する。ガリフの唄は他の誰でもなく、彼女のメタモルフォシスを言祝いで高らかに響く。
(――ああ、)
 フランはパンネロを見つめていた。炎に臆することなく、火の粉を飼い慣らして舞うパンネロを見ていた。
 どれほど目を見開き続けても、フランの眼球は乾かなかった。まばたきはもう必要ないのだ。かの少女が舞う限り。
(わたしのまばたき)

 気高く美しい砂漠の女王の喪が明けて一年が経つ。
 ラバナスタの外れにある小さな部屋に足を踏み入れたフランは、ブーツの踵を鳴らしてまっすぐに窓に向かった。ダルマスカの伝統的な意匠が織り込まれたカーテンをタッセルでまとめ、窓を押し開く。相も変わらず賑わう市場からは遠い喧騒と香辛料のかおりが届いた。すっかり馴染んだかおりだ。フランは手近な椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「……フラン、来てくれたの」
「たった今ね。気分はどう?」
 寝台に埋もれるようにして横たわる彼女は、ぱちりぱちりとまばたいてから、いい天気だね、と笑った。
「ええ、とってもいい天気」
「空賊日和?」
「これ以上ないくらい」
「シュトラールは?」
「整備中よ、あの子もすっかりおばあちゃんだもの」
「わたしと一緒」
「そうね」
 フランは指を伸ばし、彼女の茅色の髪をそっとかきあげた。柔らかく頼りない感触だ。寝癖が直らない、と毎朝鏡を睨みつけていた姿を不意に思い出す。限られた水を使うのには遠慮しいしいで、ようやっと結い上げた短い三つ編みから飛び出す毛先を空賊見習いの少年に引っ張られて怒っていた、あれはいつのことだったろうか。
「来てくれてありがとう、フラン」
「来たかったのよ、あなたに会いに」
「ふふ、」
「どうかした?」
「今の、バルフレアさんみたい」
「バルフレア?」
「女のひとを口説く時のバルフレアさん」
「帰るわよ」
「うそうそ」
 帰らないで、と言いながら彼女の腕がぴくりと動いたことにフランは気づいていた。もう自分で持ち上げることも叶わないその腕に捕まってやるために、フランは髪を撫でているのとは反対の手で指を絡めた。
 ヒュムの時は速い。あの奇妙な旅からたったの数十年しか経っていないというのに、誰も彼もが堪え性なく走り去ってしまった。あくびのような男も、くしゃみのような相棒も、しゃっくりのような空賊も。そして一年前、ひきつけを起こさなくなった女王も逝った。その度にフランはパンネロのもとを訪れて、一緒に泣いた。
 ひとり異なる時間軸に生きるしかないフランは、相棒の遺した飛空艇をそれはそれは丁寧に扱いながら生きている。かつての最新鋭も、今となっては骨董品だ。一度飛ぶたびにどこかしらにガタが出るが、ノノの弟子にあたる整備士たちはこの歴史的な名機に触れることが嬉しくて仕方ないらしい。
「帰れないわよ、まだ整備が終わってないもの」
「そんな理由?」
「ふふ」
 絡めた指に力を込める。彼女の肌は乾き、なめし革のようになめらかだ。
「もう一回、乗りたいな」
「飛空艇に?」
「シュトラールに。フランが操縦席でね」
「あなたのナビゲーションで大丈夫かしら」
「わたしが誰のナビゲーターだったか忘れちゃったの?」
「いつも寄り道されてたじゃない」
「離発着コントロールは得意だよ」
「それが一番信用できないわ」
 パンネロは静かに笑い、枕に頭を沈めた。少し話しすぎただろうか。それでも指が離れないのをいいことに、フランは彼女のつるりとした爪をなぞる。そこばかりがかつての少女じみていた。
「シュトラールでね」
「ええ」
「フランに操縦してもらって……」
「ええ、いいわよ」
 フランは指先に力を込める。パンネロの瞳が見えない。歳を経てゆるやかになった瞼が、あのハニーヘーゼルを覆い隠してしまう。
「どこに行こうかな」
「どこへでも」
「海、また見たいな」
「素敵ね」
「でしょ。今度はフランも海遊びしてね」
「あなたと一緒にずぶ濡れになるの?」
「波が来る前に避ければいいんだよ」
「そう言って頭から波をかぶってた子を知ってるわ」
「わあ、誰だろ」
 おどけて笑った拍子に彼女は咳き込んだ。こんこんと乾いた音のする胸を撫でてやりながら、フランの指が彼女の手首に伸びる。ゆったりと静かな脈拍を感じる。まだ。
「……ねえフラン」
「パンネロ、水を飲む?」
「ううん、ねえフラン」
 まだ。まだ。揺らぐ脈動を探る。まだ。
 まだ、あなたと話していないことがたくさんある。
「ねえ、フラン」
「……パンネロ」
「あのね」
「パンネロ、」
 フランは目を見開く。何も見逃さないように。
「フランは、もっと、長く、生きるんだよね」
「……そうね」
「だったら、また、会いに、行く、」
 から。また会いに行くから。だから、そうしたら、
「そうしたら、フランがみたもののこと、たくさん、たくさん、おしえてね」
 やくそくだよ。
「――ええ、約束しましょう」
 何も見逃さない。すべてをこの両目で捉えて、これ以上ないほど鮮やかに記憶しよう。あなたのために。いつかまた巡り逢うあなたに聞かせるために。
「かならず、見ておくわ」
「おねがいね」
「あなたとの約束を破ったこと、ないでしょう?」
「そうだね、そうだね――」
 わたしはあなたの映写機になろう。何も見逃さない。余すことなくこの世界を見つめ続けよう。まばたきすることなく、乾いたレンズに叶う限りのすべてを映し続けよう。
 ああ、あなたはわたしのまばたきだった。慈しみ深き森を捨て、曝ればむ外界に倦んだわたしの瞳を潤し、わたしの眼前に広がる世界を鮮やかな色彩で切り取り直した。あなたがいればまばたきなんか必要なかった。わたしはあなたと共に在る限り、目を閉じる必要はなかった。
 わたしのまばたき。約束しましょう。あなたのいない世界を、あなたというまばたきなしで、それでも記憶し続ける。目を逸らさずに、俯かずに、わたしに能う限りのうつくしさで、あなたに捧げる世界を映し取る。
 パンネロがゆっくりと瞼を上げた。ここに炎はないのに、その瞳は天上の砂金のように豊かな金色に揺れていた。
「ありがとう、フラン」
 わたしのたいせつなひと。
「また会いましょう、パンネロ」
 さようなら、わたしのまばたき。