不完全環のスペクトル、あるいは弟たちの挽歌

 帝都の中流階級の家に生まれたわたしは、少しばかり身体が頑丈で、少しばかり頭の出来がよかったようです。いいえ、身体の方は確かに頑丈でしたが、頭の方は単に記憶力に長けていたというだけに過ぎません。しかしそれさえあれば、義務…

【注釈付き】不完全環のスペクトル、あるいは弟たちの挽歌【校正記録】

 書きっぱなし版から最終版に至るまでの修正を記録したものに余計な注釈を添えて。物好きな方へ。 赤字が変更箇所  帝都の中流階級の家に生まれたわたしは、少しばかり身体が頑丈で、少しばかり頭の出来がよかったようです。いいえ、…

光の庭

第四章 光の庭  1  庭師は使用人宿舎の割り当てられた部屋、寝台の上に身を起こして瞼を擦る。今年の春はいやに眠い。 身支度を整えて食堂で朝食を済ませると、いつもの仕事道具を片手に仕事場に向かう。その間も何度か生欠伸を噛…

光の庭

第三章 ガブラス  1  それからしばらくして、ヴェインが旧ダルマスカの王都、ラバナスタに派遣されることが決まった。帝国政務官の筆頭、皇帝グラミスの継子である彼が、かの戦略的要地を抑えることになったのは当然のことだろう。…

光の庭

第二章 ヴェイン  1  それまで長らく勤めていた庭師はソリドール家と昵懇だが、さすがに寄る年波には勝てず、ついに引退を決意したのだという。役人とのいくつかの面談を経て――といっても男は喋ることが出来ないので、経歴書を提…

光の庭

第一章 ホワイトリーフ  1  男はインフォメーションセンターのカウンター前に立ち、数えられるホワイトリーフをじっと見つめていた。一枚、二枚、数多の手をわたり擦れたリーフはそれでも白く、カウンターのランプの光を反射して男…

vestige

 S・T、二十七歳、一等砲兵。戦闘中の敵前逃亡を現認、即時処刑。戦闘行為終了後、所定の手続きに従って執行者より申請。事後承認、ジャッジ・ガブラス。 A・L・J、三十三歳、上等通信兵。隊用通信器具の私的利用、および虚偽情報…

腫れ上がる空

 ヴェーネスが色彩を認識できないと知ったときの、シドの興奮ぶりといったらなかった。傍観者を決め込んでいたヴェインすら唇を綻ばせたそのはしゃぎ方は、まだヒュムに慣れないヴェーネスに驚愕に似たものさえ覚えさせたものだ。「そう…

まばたき

 あなたは、わたしの、  あれは若い木の伸びる枝だな、と杯を傾けるバッシュに、フランは片眉を持ち上げることで応えた。言った当人は、言った端から己の拙い詩情に面映くなったのか、まだ三割ほど入っているだろう杯を手にしたまま、…