レンタル・仕返し

レンタル

「……ということでね、彼をぜひお借りしたいんだ」
 はいこれ書類一式、とアーヴァインが差し出したクリアファイルを受け取る。スコールは自分の眉間に皺が寄るのを隠そうとも思わなかった。
 ガルバディア・ガーデンに籍を置くアーヴァインが、ここバラムを訪れるのはそう珍しいことではない。距離と多忙をものともせず逢瀬を重ねる彼らは安泰のようだ。が、今回はあくまでも仕事だよ〜、と苦笑いする狙撃手は、トレードマークのハットを脱いで髪をかきあげた。
「夏も終わりだっていうのに、暑いよね」
「ああ」
 生返事しながら書類をめくる。ガルバディア・ガーデンからの正式な依頼書だ。細かい話を省くと、バラム・ガーデンのサイファー・アルマシーに、次の僻地訓練に加わって頂きたい、ということだった。期間は一か月後に二週間。
「教官ってわけじゃないんだけど、指導補佐に入って欲しいって。山の奥でやるからマスコミの前にも出ないし」
「……あいつである必要があるのか?」
 サイファーとガルバディアの因縁は浅くない。ガルバディア側にも思うところのある人間はいくらでもいるだろう。それに、補佐とはいえ指導というなら適任は他にもいる。キスティスとか、シュウとか。
「うーん」
 ちょっと説明しづらいんだけど、と視線を彷徨わせてから、アーヴァインはわずかに声を落として言った。
「平たく言うと、いわゆる懲罰キャンプなんだよね。問題児の性根を叩き直す、的な」
「……」
「あ、そこにさらに問題児を投入してどうするんだって思ってるでしょ? 僕も同感なんだけどさ」
 ふう、と息を吐いて、手にしたハットをうちわ代わりにはたはたと扇いだ。
「そういうことだから、女性教官はちょっと、って」
「性別による差別だな」
「ウチそういうとこあるから、恥ずかしい話だけど」
 キスティスもシュウも、あるいはこの男の恋人であるセルフィも、躾のなっていないガキが束になったってどうということはないだろう。しかし問題はそこではない。
「とにかく、人里から離れて、電波もろくに入らないところで、ゴリゴリのサバイバル生活ってわけ。毎年脱走しようとして取っ捕まる奴が出るんだ」
 去年だか一昨年は暴動が起きたっていうし。だから、何があっても押さえこめる人が必要なんだってさ、とアーヴァインは肩を竦めた。
「……前時代的だな」
「僕もそう思うよ」
 ばさ、と書類を机に投げて、スコールは腕を組んだ。二週間、僻地キャンプ、電波なし、という言葉をいったん棚上げして、こちらの様子を伺うキスティスに尋ねる。
「人員に余裕は?」
「来月上旬は意外と余裕よ、残念ながら」
 アーヴァインがくすりと笑う。
「サイファーに割り当てようと思ってた案件はあるけど、他の人間でも対応できるわ」
「……そうか」
 スコールの目元がさらに険しくなるのを見て、アーヴァインとキスティスは目配せし合う。やれやれだね、やれやれね、と言ったところだ。
「あのねスコール、万一のことがないように、日々の定期連絡用の無線があるし、ウチのガーデンから数日おきに人が行くことになってるんだ」
 僕もローテーションに入ってるよ、と言うアーヴァインは、いかにも安心しろと言わんばかりだ。それに気づいて、スコールはことさらに低い声を出す。
「……心配なんかしてない」
「うん? そう?」
「奴を言いくるめる方法を考えていただけだ」
 言いくるめなくたって、任務だ、でおしまいなのだが、ふたりは沈黙を守った。指揮官殿はご機嫌ななめだ。予想はしていたが。

「いいぜ」
 行ってやる。当人の返事はいたくあっさりしたものだった。
 訓練施設に補充するモンスターを狩りがてら、近隣の駆除作戦から帰ってきたサイファーは、概要だけ聞くと拍子抜けするほどすんなり頷いた。
「助かるよ、ありがとうサイファー」
「ヘタレに礼を言われる筋合はねえな、任務なんだろ?」
 言いながら、書類をめくって受任者欄にサインしてしまう。スコールは、自分の機嫌がさらに悪化していくことに気づいた。
 四隅を揃えた書類が目の前に差し出される。
「おまえのサインも必要だろ、指揮官殿」
 見下ろしてくる顔を見もせずに、がりがりといくらか乱雑にサインして、整えもせずにアーヴァインに突き出した。
「スキャンデータをキスティスに」
「りょーかい」
 部屋の片隅の複合機に向かうアーヴァインは、サイファーとキャンプの話をしている。へえそりゃいいな、だの、楽しそうじゃねえか、だの、調子のいい相槌を打つサイファーに、スコールの機嫌はいよいよ地にめり込むところまで来た。
(……なんであんたは)
 そんなに楽しそうなんだ。まさか口にも出せずに、スコールは立ち上がる。物言いたげなキスティスの視線をわざとらしく無視して、執務室を出た。

「……サイファー」
「何だよセンセ」
「その呼び方はやめてちょうだいって、何回言ったら分かるのかしら。とにかく、あなたが何とかしなさいよ、アレ」
 サイファーはふふん、と鼻を鳴らしてソファに腰を下ろす。やれやれだねえ、と今度は言葉に出すアーヴァインの視線を手で払って、にやりと笑った。
「言われなくても」
「ていうかサイファー、何でそんなにゴキゲンなのさ」
 僕、てっきりごねると思ってたのに。
「ああ? 面倒くさいに決まってんだろ、ヨソのガキのお守りなんざ」
「じゃあどうして」
「どうして?」
 全くこいつはヘタレな上に分かってねえな。アーヴァインよりかは察しのいいキスティスが、ばかばかしくて付き合いきれないわね、とコーヒーカップを傾けた。 
「あいつ、見たか?」
「どういうこと?」
「最ッ高にイラついてんじゃねえか」
 顰められた顔が脳裏に浮かぶ。くつくつ笑うサイファーを、やっと理解の追いついたアーヴァインが呆れた目で見た。
「かわいいよなァ、あいつ」
「サイファー、ほんと昔から変わってないよね」
 好きな子ほどいじめたくなるやつ。

仕返し

 期待はしていなかったが、サスペンションがまるで駄目になっている。
 がたがたと尻を突き上げる振動にうんざりしながら、サイファーは溜息をついた。ナビシートに座っていられるだけまだマシか。隣でハンドルを握る男はガルバディア・ガーデンの人間だ。会話はない。退屈だが、かといって何かを話す気にもならなかった。
 二週間の僻地訓練にどうしたわけか講師扱いで参加させられた。ひと月半前にアーヴァインが持ち込んできた依頼だ。気に入らない、と言わんばかりの顔をして何も言わないスコールが面白くて引き受けたが、面白かったのはバラムを発つところまでで、いざ訓練が始まってみるとそれはそれはつまらない、くだらないものだった。
 断りもせず窓を開ける。ガルバディア・ガーデンまではあと二時間弱を走るのだという。途中で駅に落としてくれと言ってはみたが、さすがガルバディア、融通の利かないことと言ったらなかった。

 一旦ガーデンに戻って訓示だのなんだのとやって、煩雑な事後処理をなんとか最小限に済ませる。参加者の評価会議に出席してほしい、と言われたときにはサイファーの苛立ちは最高潮に達していた。
 そんなもの知ったことではない。評価しろと言われればしてやる、どいつもこいつもまるで話にならない、以上だ。とは口には出さない。余所の、特にガルバディアのような場所でそんなことを言えば直ちにバラムにクレームが入ることは分かっている。その応対で形だけでも謝罪しなくてはならないのは結局、派遣元上司であるスコールだ。彼が建前とはいえ誰かに頭を下げるだなんて想像もしたくなかった。それが自分のせいだというのならなおさら堪え難い。
 折良く顔を出したアーヴァインにその場を上手くとりなしてもらって、やっと解放される。にこにこ笑うアーヴァインに軽く手を挙げて、バラムに一番早く着く列車に飛び乗った。
 お遊びのような訓練で半端に高まった攻撃性が、諸々への苛立ちで増幅されてくすぶっている。お綺麗な顔をした指揮官殿をいつもの手合わせに付き合わせでもしなければ収まりそうになかった。隣の席に立て掛けたガンブレードのケースを拳で叩いて、サイファーはまた溜息をついた。

「お疲れさま〜」
 二週間にわたる派遣から戻ったサイファーを、指揮官室で出迎えたのはセルフィだった。食べる?と彼女がつまんでいた菓子を差し出すのを一瞥で断って、指揮官席にあごをしゃくる。
「あいつは」
「あ、スコール? スコールならそろそろ、」
「おれに何の用だ」
 完璧なタイミングでスコールが部屋に入ってくる。サイファーは振り返り、その姿を認めて開きかけた口を閉ざした。
「……何の用だと聞いている」
 憮然とこちらを睨むスコールに、セルフィが「やっぱはんちょはかっこええな〜」と能天気な声を掛けている。スコールはSeeDの典礼服に身を包み、ガンブレードとボストンバッグを提げていた。
「なんだその恰好は」
「出張だ」
「ハァ?」
「エスタ大統領の護衛だ。十日ほど留守にする。その間の臨時指揮権はキスティスに委託するから、彼女の指示に従え」
 淡々と言うスコールの立ち姿を、期せずしてとっくりと眺め回すことになった。肩の凝る正装が、禁欲的でありながら妙な色気を醸し出しておりサイファーの神経を逆撫でする。が、喫緊の問題はそこではない。
「大統領の護衛だと?指揮官殿が直々に出る案件か?」
「あんたにそれを知る必要があるのか?」
 ラグナ様のご指名だよう、と鼻歌交じりに呟くセルフィを、スコールが横目で睨みつける。たまにあるパパのわがままというやつだ。
「急ぎの用がないならおれは行く。報告はキスティスに」
 踵を返して部屋を出て行ったスコールを、一拍遅れてサイファーが追った。セルフィの笑い声はとりあえず無視して。

「おい」
「……」
「テメェ無視してんじゃねえよ」
「……おれは急ぐ」
 ラグナロクがもう来るから、と言うスコールの腕を掴む。わずかに高い位置から見下ろした青灰色の瞳が真っ向からサイファーを刺した。
「聞いてねえ」
「あんたには関係ない」
 そのひとことに、サイファーは自分の顔から表情が抜け落ちるのを感じた。一瞬、怯んだように顎を引いたスコールは、それでも腕を振り払った。
「……あんたも、」
 その後に続いた言葉は聞き取れなかった。

 それからサイファーはまっすぐ訓練施設に向かった。
 明らかに機嫌の悪いサイファーの姿を認めるやそそくさと去っていく連中を尻目に、黙々とモンスター狩りに精を出す。まとまって出てくる雑魚を軽く一掃し、たまに姿を現わす大物も斬り捨てて、入り口から舐めるように奥に進んでゆく。手当たり次第とはこのことだ。
 何時間そうしていたか、喉の渇きを覚えてふと立ち止まる。胸の裡にくすぶっていたものはいよいよ不完全燃焼を起こして、ぶすぶすと黒い煙を吐き出していた。全く気に入らない。気分は晴れるどころか、斬れば斬るほど捻くれていく。
 八つ当たりのようにガンブレードを地面に突き刺したところで、携帯が鳴った。メッセージではなく電話だ。取り出した端末の液晶に表示されていたのは、先程つれなく出発した指揮官殿の名前だった。
「……なんだ」
『…………』
「切るぞ」
『あのな、』
 電話越しだとさらに低くくぐもって聞こえるスコールの声が、何かを言い淀んでいる。
「なんだよ、お忙しいんじゃなかったのか」
『その……悪かった』
「悪かった?何が?」
『さっきの』
「さっきのどれのことだ?」
『関係、ないと、』
「ずいぶんしおらしいじゃねえか、スコール」
『あんなことを言うつもりはなかった』
 どうやら本当に落ち込んでいるらしい。それだけで、気分が少し上向く。我ながら単純なものだ。
『あんたも……』
 また何かを言いあぐねるのを、黙って聞いてやる。
『あんたも、思い知ればいい、と思ったんだ』
「ちょっと待て、どういう意味だ」
『……分からないならいい』
 うめくようなスコールの声の向こうで、その名前を呼ぶ間延びした声がする。ラグナだろう。
「待てスコール、」
『また連絡する』
 ぷつ、と素っ気ない音で通話が切れる。サイファーは端末を握りしめたまま、会話を反芻した。思い知ればいい、だと?
 それでふと思い出したのは、サイファーが今回の派遣を受けた時のスコールの様子だった。いつも通りの仏頂面というにはもう少し険しい顔で、不満そうに書面にサインする手つき。黙って部屋を出て行く足音が少し荒かったこと。
 つまりは。
「思い知れって、そういうことかよ」
 サイファーは顔を手で覆って天を仰いだ。唇が上向きの弧を描いてしまうのは、止められなかった。