ヴィンセント・ヴァレンタインによって人生を立て直したい男が(以下略)

 いいか、そもそも俺の人生なんかロクなもんじゃなかったんだよ。
 カームってあるだろ、あの何にもねえ田舎だよ、俺はそこの農家の四男坊だ。上に兄貴が三人、でもオヤジもオフクロもどうしても娘が欲しいってんで気張ったらハズレちまったのが俺だ。始末の悪いことにもうワンチャンっつってイッパツかましたら今度は大成功でよ、次の年の末に妹が産まれた。
 どういうことか分かるだろ、土地持ちの農家だっつったって上に三人もいりゃ俺が耕していい土地なんか残っちゃいねえし、妹は食った後の皿を下げねえでもヨシヨシされるくらい溺愛されて、間に挟まったハズレくじが生きる道なんかなかったんだよ。
 いや、別に同情して欲しいわけじゃねえ。俺にもそれくらいのプライドはあんだよ。まあ聞けって。最後まで。
 想像できると思うが、俺は別に頭の出来がいいわけじゃなかった。よかったらこんなことしちゃいねえわな。仕方ねえ、義務教育が捌けたところで実家を出て、とりあえずってんでミッドガルに行ったわけさ。もちろんプレートの上になんざ入り込めやしねえから、スラムの方にな。三番街だ。そこのゴミ溜めみてえな酒場になんとか雇ってもらった。ゴミ溜めから本当のゴミとゴミにしか見えねえがギリゴミじゃねえもんを仕分けるのが毎日の仕事だ。
 スラムの酒場なんてどこもそうだろうが、タチのいい客を数えた方が早えんだ。ああ、セブンスヘブンよりずっとどうしようもねえ店の話だ。セブンスヘブンな、何回か呑みに行ったことあるんだぜ俺、へへ。あの店は珍しく荒れてなかったよな、まあ変なテロ組織の根城だったなんて噂が流れてたけどよ。あれマジなのか? へえ。
 つまり何かってえと、酒とか楽しいオクスリとかでゴキゲンになっちまった連中を上手いこと片付けるのも俺の仕事だったってわけだ。そりゃ最初は殴ってんだか殴られてんだか分かったもんじゃなかったよ。でも慣れだよな、場数っつうのか? そのうち、まあそれなりに喧嘩の強えやつって言われるようになった。いや、自慢じゃねえよ。結局ゴロツキ止まりなんだからな。
 そしたらある日、神羅が人員を募集してるって知らせがあったんだ。しかも工事作業員じゃなくて、本社ビルのセキュリティだってよ。アレはソルジャー様だのちゃんとした兵士だのじゃねえと勤まらねえと思ってたが、まあ末端の末端、使い捨ての木っ端はスラムからゴロツキ連中を拾ってくることもあったみてえだな。
 何しろ給料がよかったし、実際はあってないようなもんだったが勤務時間てやつがちゃんと決まってるのはよかった。酒場は開けてから閉まるまで、それが何時なのかなんて分かんなかったからよ。あと制服も支給だったから、神羅のロゴ入りの防弾ベスト着てプレートの上をウロウロするのは気分がよかったぜ。
 そんで何年働いたかな、覚えてねえがせいぜいが五年てとこだろう。そろそろ深夜勤の連中と交代だって時になって、侵入者だーって警報が鳴ってよ。あれ、あんたたちだったんだろ? ヤベエなんかウケるわ。
 俺? 俺は逃げたよ。二日酔いで胃が気持ち悪くて死にそうだったんだ。別の詰所の応援行ってきますなんつって、そのまま更衣室で着替えて出た。ウチで寝て起きたらプレジデント死んでんだもんな、命拾いしたぜ。
 その後もいちおうそれなりの仕事はしてたんだが、何しろミッドガルがぶっ壊れちまったからな。災厄ってやつは終わったが、俺は再び宿なし職なしのゴロツキに逆戻りってわけだ。
 エッジの仮設住宅になんとか滑り込んで、しばらくは日雇いで瓦礫の撤去とかしてたんだよ。金目のモノが落ちてたらたまにポケットにナイナイしたりしてな。そんでもまあ、毎日ギリ生きてるって感じだったぜ、一年くらいは。
 飯場でメシ食ってたら、昔の上司に出くわしたんだよ。上司ってのはアレな、神羅の半ゴロ連中を統括してた兵士だ。奴はソルジャーでもなんでもなかったし、ガーガー怒鳴るわ手は上げるわたまに酒臭えまんま詰所に来たりで、評判は悪かった。俺も好きか嫌いかつったらまあ嫌いだな。でもたまに機嫌がいいとメシ奢ってくれるから、その日もそのつもりで同じテーブルに座ったわけよ。
 上司、って名前言ってもアレだから元上司で通すけど、元上司は自分が神羅に正式雇用されてるってのが唯一の誇りだった。よく言うだろ、ウチにもソトにも居場所がねえ中年が会社にしがみつくって、まさにそれだよ。だからそいつは、世界再生機構を逆恨みしてた。え、何でかって? 知らねえよ、クソ野郎がじっくりコトコト煮詰めた恨み節なんか覚えてるわけねえだろ。
 グツグツ煮えた恨みつらみを聞き流してたら、いつの間にかそいつの「組織」のメンバーにカウントされてた。要するに機構のリーブ・トウェスティを痛い目に遭わせて、神羅を復活させるとかなんとか、そういう。組織ったって、俺含め全員ゴロツキだよ。
 いやあ、なんか流れでさ。一応その日のメシも奢ってもらったし、テキトーなところで抜けりゃいいかなんて思って。俺自身は神羅だろうが世界再生機構だろうが知ったこっちゃねえからな。
 まあそのあとしばらくは、夜飯場で呑んでクダ巻いてる元上司に呼び出されては訳の分かんねえ理念だか思想だかってやつを聞かされて、潰れたら寝ぐらまで引き摺ってってやるってのが仕事だったな。それが先々週だよ、急に「計画を実行に移す」とか言い始めてよ。
 アル中のくせに、どこから計画が漏れるか分からんとかいいやがって、俺はどこそこの廃ビルのこの部屋に待機してろって言われただけだ。そのうちリーブってやつが来るはずだから、囲んでのしちまえってよ。ターゲット――ターゲットとかウケるよな、ごっこ遊びだぜほんと――は三十代後半くらいの、黒い髪に髭面のおっさんだって言われて、ああそうすか、なんつって何人かで待ってたんだよ。
 ああそっか、あの野郎、脅迫状送ったんだな。いや、だいたい想像つくからいいわ、どうせ支離滅裂なことしか書いてないんだろ? あんたがたも無視すりゃあよかったのに。まあ、無視されなかったおかげで……ってのは確かにあるんだけどな。
 そんで待ってたらよ、予定の時間ぴったりに来たんだよ。コンコンつって、ご丁寧にノックまでしてよ。俺らもそん時は酒が入ってたから、どうぞ〜お入りくださ〜い、なんつってな。
 で、入ってきたのはリーブっておっさんじゃなかった。
 ドアの方がちょうど暗がりで、最初はよく見えなかったんだよ。なんか赤いコートみてえなの着てんのかな、髪長えな、みたいなさ。イキった奴が、ビビってんじゃねえこっち来いや、とか煽っても全然効いてない感じで、マジ普通のテンションで言うわけ、ここにリーブを呼び出して何をするつもりだったんだって。
 その時にさ、一瞬アレ? って思ったんだよ。いや、来たやつがリーブじゃねえってのはほぼ分かってたんだけど、そいつの雰囲気がさ。どう考えても今から喧嘩しますって感じじゃなかったんだよ。分かるだろ、訓練なんか受けてねえゴロツキは戦闘モードになると超分かりやすいんだよ。身体は震えるし、声もひっくり返るし、いかにも怒ってるっつうか、やってやんぜ、みたいなオーラが出る。
 でもそいつからは何も感じなかった。置物みてえに何も感じなくて、こいつ何しに来たんだろうなって思ったんだよ。まだイキってる奴が、そりゃリーブ様を丁寧に可愛がってやるんだよ、みたいなこと言いやがって、そいつはひとこと「そうか」って。
 で、気がついたら隣に立ってた奴がぶっ倒れた。首がとんでもない感じにのけぞってたから撃たれたのかと思ったけど、そうじゃない、この赤いコートの奴が掌底で額をぶっ飛ばしたんだ、って分かった次の瞬間から記憶がねえ。たぶん、裏拳で横っ面張り飛ばされたんだろうな、左の頬骨にヒビ入ってたし。
 いや、ハンパねえよ。だってあの時、どんだけ少なく見積もっても五メートルは距離があったんだぜ。それを一瞬で詰めて真正面の奴はっ倒して、その流れで俺の横っ面ぶん殴って、分かんねえけどたぶん一分かかってなかったんじゃねえか、あのひとが俺ら全員を制圧するまで。
 あとで分かったんだが、俺が一番軽傷だったらしい。あとの連中はムチウチになったり肋骨折ったり肩外れたりで散々だったからよ。だからたぶん、あの後のことを覚えてるのは俺だけだ。
 俺は顔の左側を上に向けて、床にへばりついてた。なにしろ廃ビルだから砂利だのホコリだのが口に入って、しかも鼻血と口の中切った傷の血でもうぐちゃぐちゃになってたし、視界もブレブレだったが、それでもちゃんと覚えてんだ。
 あのひとが、ぶっ倒れた俺らの真ん中に立ってた。薄暗い中に髪の毛が真っ直ぐで、大立ち回りの直後のくけに信号待ちでもしてるみてえな感じだった。鼻がめちゃくちゃ高かった。バンダナのせいでうまく見えなかったが目がこっちを見下ろしてて、でもなんつうか、道端の空き缶見る時だってもうちょっと何かあるだろ、くらい冷たい、ゴミを見る目でよ。
 極めつけに、聞こえたんだ、「クズどもが」って言うのが。
 その瞬間、一気にいろんな記憶が蘇ってよ。あれが走馬灯ってやつなのかもな、兄貴たちのせいで俺だけいつもメシが少なかったこととか、オヤジに名前間違えられまくったこととか、妹が学校の宿題で「家族について」って作文書いたのに、俺のことは「私の家にはもう一人いますが、特に書くことがないのでこれで終わります」ってまとめてたこととか、酒場で酔っ払いの落とし物片付けてたこととか、ちょっといいなって思ってた子に軽くあしらわれたこととか、神羅ビルから逃げたこととか、そういう、俺のろくでもない人生のありとあらゆるろくでもなさ百選、みたいなやつが、ぶわーっと。
 で、気を失いながら思ったね。明日から真人間になろうって。

「……それで? 真人間になるうちの中に、ストーカー行為が含まれてるのか?」
 クラウドは萎えそうになる気力を精いっぱいに振り絞り、出来るだけ淡々とした声色を作って目の前に縛り上げられ正座している男を見下ろした。斜め後ろのティファが、笑いを必死に噛み殺しているのが分かる。
 ことの発端は、今しがたまで長々と喋っていたこの男がセブンスヘブン周辺をうろつき始めたことだった。たいていは夜の営業時間中、たまに夕方や昼過ぎに姿を見せることもある。親切な常連の忠告で発覚し、その後数日間、辺りを監視していたクラウドがただならぬものを察知して、こうして捕縛と相成ったわけである。
 セブンスヘブンを毎日こそこそと覗いていたことから、はじめはティファが目当てかと思われた。さもなくばマリンやデンゼルか、いずれにせよただでは済まさんと事情聴取を行ったところ、先のような長話が始まったというわけである。
「だからよ、俺はストーカーじゃねえんだ。ただあの赤いひとを探してただけで」
「だからってなんでウチの店にばっかり来るのよ、ヴィ……あのひとだって何か月に一回かしか来ないんだから」
「他にあてがなかったんだよう」
 べそべそと情けない声を出す男だが、いまだにきちんと正座を崩さないのだからそれなりの根性はあるらしい。いや、根気強いストーカーなど始末の悪いことこの上ないのだが。
「信じてくれよ、リベンジかますとか、そんなつもりはビタイチねえんだ。ただもう一度だけ赤いひとに会いたくて」
「会ってどうする、詫びても聞く手合いじゃないぞ」
 そもそもこの男の存在を、ヴィンセントが記憶しているとは思えない。巧拙の差はそれぞれあれども、こういった事件未遂は頻繁にリーブの身に降りかかり、その火の粉払いの多くを引き受けているのがヴィンセントだ。彼がどこかに旅に出ているのでない限りは、場合によってはリーブが察知する間もなく、不逞の輩を張り倒し薙ぎ倒し蹴り飛ばす。山ほどあるそんな事例の、恐らくはかなり退屈な部類に属するもののことなど、もうすっかり忘れてしまっているだろう。
 ということを予想だにしなかったらしい男は、妙に真面目な顔でクラウドを見上げた。ぐるぐるに縛り上げられた上体をぐっと倒して迫ってくるものだから、ついうっかり一歩退いてしまう。
「一度でいいんだ、もう一度喝を入れ直して欲しいんだよ」
「……は?」
「顔の傷が治って、俺も心を入れ替えたよ。マトモな仕事を探して、ちゃんと働いて得たカネで生活できるようにって。でも駄目だった、俺はやっぱり駄目な奴なんだよ」
 どうやら仮採用という形で食糧品販売店に雇って貰ったものの、意気込みが続いたのも最初のうちだけ、時代に遅刻や仮病を使うようになってしまった。雇い主もまだ様子を見てくれているようだが、挽回しなくてはならない。しかし、一度顔を出した甘ったれ根性はそうそう矯正できない。
「あのひとに、あの赤いひとになら、根性を叩き直してもらえそうなんだ。それだけ頼めたら、もう二度とあんたらの前に現れることはねえよ」
「……具体的には、何をさせる気だ」
 そう訊いたのは間違いだったかもしれない、とクラウドが気づいた時にはもう遅かった。男はぱっと顔を紅潮させ、よくぞ尋ねてくれたと言わんばかりに声を張り上げる。
「難しいことじゃねえ! ただ俺がこう、地面に横向きに倒れるだろ。そしたらあのひとにはこう、この辺、こめかみのあたりをぐっと踏んづけてもらって、あとはひとこと『クズが』って言ってもらえりゃ完璧さ!」
「……」
「…………」
「…………わたし、お店の開店準備してくるね」
 立ち直りはティファの方が一瞬早かった。クラウドが我に返った時には彼女の背中は裏口から店のキッチンに消えており、残されたのは何かを深刻に間違えてしまったらしい男と、その始末をどうつけたらいいのか皆目見当もつかない哀れなクラウドのふたりだけだった。