映画『cake』より

 サイファー・アルマシーは死んだ。

 ガルバディア政府によって発行された死亡通知書を受け取って、スコールと仲間たちは慌ただしく列車に乗った。誰もが口を閉ざしたまま、旧デリングシティでリノアと合流し、レンタカーで郊外の墓地へ。通知に同封されていた地図によれば、サイファーは共同墓地の外れに埋葬されたという。
 墓地の駐車場に車を停めて、一行は歩き出す。気丈に背を伸ばすキスティスに先導されて、スコールは長く延びた隊列の最後尾にいた。背の高い常緑樹の並ぶ小道に春の風が吹き抜ける。繁殖期を迎えた小鳥が高く囀る。
 先に行ってて、と言い残して列を外れたアーヴァインは、しばらくして花束を抱えて戻ってきた。色彩に溢れるこの季節に、白い花ばかり集めた花束だ。辛気臭い、と場違いに笑いそうになってから、ああ白でいいんだ、と思い至る。
 白は、あの男の色だ。

 魔女戦争が一旦の終結を見て五年が経つ。
 リノアは魔女として生きることを決め、しかし騎士役には森のフクロウのメンバーを選んだ。それでスコールとリノアの関係は終わった。キスティスはガーデンの運営を降りて再び教壇に立っている。ゼルはバラムの自警団兼消防団員として暮らしていた。ガルバディアガーデンが解体され帰る先を失ったアーヴァインは、セルフィと共にトラビアガーデンの再興に邁進している。そしてスコールは、長すぎたバラム指揮官の任を辞することになっていた。今年の秋からはエスタ大統領に招かれ、国家安全保障省の顧問になる予定だ。
 サイファーは、戦争終結後しばらくバラム預かりとなっていた。半年にも満たないその期間、彼は謹慎の名目でスコールの監視下にあった。ガーデン指揮官の大役で溺れそうになっていたスコールはこれ以上の面倒はごめんだと散々抵抗したが、その抗議は誰にも聞き入られなかった。
 サイファーはひどく大人しく従順で、全てを諦めていることがスコールにさえよく分かった。ハイペリオンにも指一本触れず、スコールの部屋で一日を過ごしていた。たまに掃除や洗濯をしてみたり、食事を用意したり、それから毎晩の悪夢に魘されるスコールを揺り起こすのもサイファーの仕事だった。時間圧縮を生身で味わった代償のフラッシュバックはスコールを苛み続け、悲鳴を上げても夢魔から解放されない哀れなこどもを引きずり戻すのはいつだってサイファーだった。
 だらだらと頰を濡らす涙を拭うことさえ出来ないスコールの名を、サイファーは呼び続けた。傷痕を交差させるように額を寄せ、もう怖がらなくていいと囁く声を今でも覚えている。痙攣する背中をさする掌の温度は、もう思い出せないが。
 ついにガルバディアから出頭命令が届いたのも、長い雨の繰り返す春だった。夕方から降り始めた雨がようやく止んだ夜半、作り物のように白々しい月を見ながら、スコールはサイファーに抱かれた。翌日、サイファーはバラムを去った。それが最後だった。

 歩き続けて辿り着いた区画には、墓標が歯抜けのようにぱらぱらと点在していた。新しい区画なのだろう。それとも、死刑囚ばかりを集めているのだろうか。
 先頭のキスティスがぴたりと足を止めた。スコールの目の前にはひとつの墓標がある。真新しい白い石の塊、刻まれた名前は間違いなく、あの男の名前だった。
「……スコール」
 立ち竦むスコールの名を誰かが呼ぶ。キスティスかもしれない、リノアかもしれない、あるいはゼルかセルフィか。そんなことはどうだってよかった。
 がさりと音を鳴らして、アーヴァインが花束を下ろす。献花売りのバケツからありったけを買ってきたのだろう、いくつかに分かれた束はだらしなく崩れた。
 スコールは息を止めた。自分が立っていられるのが不思議なくらいだった。いや、本当はとっくに頽れてしまっているのかもしれない。白茶けた砂利の上に膝をついて、許しを乞う罪人のようにひれ伏しているのかもしれない。太陽の光が乱舞する。耳鳴りが酷い。
「……サイファー、」
 自分が声に出して彼の名を呼んだことにも気づかなかった。背後に並ぶ仲間たちの気配さえ見失う。日に晒された首筋が熱い、なのに指先が酷く冷たい。
「あんたのせいで、おれの人生はめちゃくちゃだ」
 誰かが自分の名を呼んでいる。もしかしたら肩を掴んで揺さぶられているかもしれない。何も分からない。白い墓石が眩しくて目が潰れそうだ。
「おれを置いてあんたは死ぬのか」
 スコール、もう大丈夫だ、怖いことはないもない、ゆっくり息を吐け、上手だ。そう言って何時間でも寄り添っていたあんたの呼吸の速度も、もう思い出せない。
「あんたへの憎しみで、おれは息もできない」
 あの夜に名を呼ばれたのは一度だけ。引き攣る四肢を抑え込み、その滾る熱で身体を引き裂いて、荒い息を噛み殺すあんたの髪が月の光に同化してよく見えなかった。
「サイファー、地獄に堕ちてくれ」
 世界が歪む。心臓が破裂しそうに脈動している。背を走る汗がひどく冷たい。舌先が痺れて渇く、血の味がする。噎せ返りそうなほど濃厚に。
「――今、おれはそこにいる」