ride

【ride】乗り物に乗る。

 見渡す限りいっぱいに広がる、若草の鮮やかな緑。ところどころ顔を見せるのは黄や桃色の可憐な花。頭上には抜けるような蒼穹が広がり、髪を揺らす風は爽やかだ。まるで絵本のような、平和な昼下がり。セシルとフリオニールは並んで腰を下ろし、草原の真ん中で戯れるふたりと二羽を眺めていた。
 フリオニールは両脚を投げ出して、肘を後ろについている。細められた目は柔らかな琥珀色、月の砂のような銀髪がそよ風になびいている。くああ、とあくびをひとつ、それがセシルに伝染した。
「なかなかやるっすね、クラウド……!」
「おまえも筋は悪くないぞ、俺には及ばないが」
「さすがは伊達にチョコボ頭してないっすね」
「何か言ったか」
 あくびで滲んだ涙を拭いながら、じゃれ合うふたりに微笑が漏れる。隣のフリオニールが、なかなか盛り上がってるな、と同じように笑い、同時にティーダとクラウドを乗せた黄色い鳥がクエッと鳴いた。

 四人がいつものように歩いていた時、あれっ、と声を上げたのはフリオニールだった。彼は四人の中で一番目がいい。目がいい、というのは遠目が利くというだけではなく、動くものを捉えるのが上手いのだ。戦いに身を投じる前は鳥や獣を狩って生計を立てていたというから、それで自然と身についたものなのだろう。
「どうしたんすか」
「今、あそこの茂みで何かが動いて……」
 すわ敵襲かと揃って身構えて、フリオニールの指差す辺りを注視する。灌木の生い茂る一角が、ざわざわと蠢いた。
「イミテーションにしては小さそうだね」
 セシルの押し殺した声に、クラウドが黙って顎を引く。ティーダの腰くらいまでしかない背の低い木だ。隠れているとしたら、狸やイタチくらいの大きさだろう。
「夕飯になるやつだといいんすけど」
「おまえはそればっかりだな」
 腰を矯めて戦闘体勢は保ったまま目を輝かせるティーダを、苦笑したフリオニールが窘める。そんなに心配しなくとも、昨日鹿を一頭仕留めたばかりだというのに。
「備えあれば憂いなし、って言うだろ」
「おまえが背負って歩くならいいぞ」
 その鹿肉の大半を引き受けて背に担いでいるクラウドが言うと、ぐっとティーダが言葉に詰まる。香辛料で腐らないように処理してあるとはいえ、それなりの重量の生肉を背負って歩くのはなかなか骨だ。
 今ひとつ緊張しきれない四人の視線を受けて、我慢の限界だとでも言うように、茂みがひときわ大きく揺れた。ばさっ、と音と共に飛び出してきたのは、
「……チョコボ?」
 目に鮮やかな黄色の翼をぐんと広げて、クエェ、と鳴く。それはまさしく子チョコボだった。
 四人が呆気に取られているのを尻目に、もう一度、その特徴的な鳴き声を披露する。くるりと頭をこちらに向けて、四人の顔を順繰りに見てから、てってって、と歩き出した。
「ここにも、いるんすねチョコボ」
「召喚獣じゃなかったのか……」
 数歩行ったところで、こちらを振り返る。ばさばさ、と飛べない翼を羽ばたいて、また数歩進み、振り返る。
「着いてこい、ということか」
「どうもそうらしいね」
 数瞬の逡巡のあと、誰からともなく子チョコボの後を追った。やっぱクラウド、チョコボの言うこと分かるんだ、と呟くティーダの頭を、バスターソードを振り回す手が思いっきり掴んだ。

 子チョコボに先導されて飛び込んだひずみは、イミテーションの気配もない草原だった。成体のチョコボが数羽、草を啄んだりダンスをしているのが見えるだけだ。
 少しくらい休憩してもいいんじゃないか、と言ったのはセシルだ。ここ数日、戦闘もそれなりに歯応えがあったし、歩いてきた道も起伏に富んで険しかった。特にティーダが疲れを隠しきれていないのが気にかかっていたのは、セシルだけではない。ここで数時間遊んでも、それでリフレッシュできるならいいだろう、というわけだ。
 やったあ、と嬉しそうな声を上げて草むらに仰向けに寝転がったティーダの髪を、一羽のチョコボがつんつんとつついた。
「わっ、何すんだよ」
 おれら休憩中なんだけど、と言いながら、その表情はまんざらでもなく緩んでいる。人懐こい彼は、チョコボとも相性がよさそうだ。
 クエッ、と誘うように鳴いたそのチョコボが、ティーダの肩紐をくいくいと引く。
「遊んでほしいみたいだな」
「えー、しょうがねえなー、ちょっとだけだぞ?」
 起き上がるティーダを見て、チョコボが嬉しそうに首を動かす。黄色いシャツと黄色い羽が、背景の緑によく映えて眩しいくらいだ。
「ティーダ、そいつに乗れるのか?」
 興味深そうに訊いたのはフリオニールだ。そいつ、という言い方から、彼があまりチョコボに馴染みがないことが窺われる。
「乗れるっすよ。野生のチョコボ、訓練したことあるし」
 それはなかなかの上級者だ。へえ、と感嘆するフリオニールとセシルの後ろで、クラウドがきらりと瞳を輝かせた。
「……ティーダ、俺と勝負だ」
「えっ、何て?」
「ゴールドソーサーの疾風と呼ばれた俺に勝てたら、今日のメインディッシュは譲ってやろう」
「ゴールド……えっ?」
「いや、メインディッシュはみんなで均等に」
 話についていけない銀髪たちを尻目に、ティーダがにやりと笑った。
「望むところっす。スピードでおれに勝てると思うなよ、クラウド」

 そういうわけで、セシルとフリオニールはふたりの勝負を観戦していた。こんな何もない草原でどうやったら試合になるのかと呟いたフリオニールの懸念通り、競争らしい競争にはなっていない。しかも、ここにいるのはなかなかの暴れ馬ならぬ暴れチョコボだったらしく、ティーダもクラウドもしょっちゅう振り落とされている。
「あっ、また落ちた」
「クラウド、自分で言うほど上手くないね」
「さっき何て言ってたんだ? ゴールド……」
「ゴールドなんとかの疾風」
 なんだそれは。ふたり揃って気の抜けた笑いを漏らす。どう言う意味かは見当もつかないが、とにかく自信満々だったクラウドを思い出すと無性におかしい。
「鞍も手綱もなしだからね、乗っていられるだけですごいよ」
「そうだな……それにしても、これだけ違う世界から来てるのに、チョコボはどこにもいるんだな」
 フリオニールが感心したような声を出すのに、セシルも頷いた。このふたりの世界ならともかく、ずいぶんと文明の違うらしいクラウドやティーダの世界にも馴染みがあるというのは確かに興味深い。
「俺はあまり乗った記憶がないが……あ、」
「今度はティーダか」
 遠目に見えるふたりの服は、土や草の切れ端が付いて汚れてきた。一昨日せっかく洗濯したというのに。
「そろそろ止めた方がいいかな」
「そうだな、このまま何時間でもああしてそうだ」
 フリオニールが立ち上がり、ふたりに向かって手を振った。色合いの違う金髪が、揃ってしぶしぶの風情でチョコボに跨り、歩み寄ってくる。何かを言い争っているようだ。
「だから、おれの勝ちだって」
「いや、俺の方がトップスピードが出ていた」
「落とされた回数、絶対クラウドの方が多いからな」
「そんな勝負はしてないぞ」
 より多く落ちたという点は否定しないクラウドが、ふんと鼻を鳴らしてチョコボを降りた。服だけではなく頰から髪から草にまみれて、男前が台無しだ。
「おれの方が懐かれてたし」
「何をもって証明する気だ」
「さっき落ちた時、羽で支えてくれようとしたっす」
「それを言うなら三回目の勝負を思い出してみろ、あのカーブを曲がり切った瞬間の俺たちのシンクロ率を」
「意味わかんねえ!」
 けらけら笑うティーダも、膝や胸に泥を付けている。お役御免となったチョコボたちは、少し離れたところで毛繕いを始めた。
 ふたりに汚れ落とし用の布を差し出してやったフリオニールが、ふと顔をしかめた。
「ん、なんだよフリオニール」
「いや、その……少しにおう、な」
「えっ」
 何とも形容し難い、チョコボのにおいという他ないにおいだ。長いこと乗っていたふたりには分からないのだろう。おれら、クサイ? と訊かれて、セシルも曖昧に頷いた。
「うわー、やだな、水浴びしてえ」
「ふん、ティーダおまえもまだまだだな、チョコボレースSランクを狙うならこの程度のにおいなど」
「さっきから何の話をしてるんだ、クラウド……」
「海チョコボを産ませるまで、俺がどれだけチョコボファームに入り浸ったと思って」
「はいはい、もういいからここから出よう。夜までにそのにおい何とかしてくれないと、今夜の不寝番はふたりにお願いするからね」
 ぱん、と手を打ったセシルの台詞に、ティーダとクラウドが動きを止める。こう言ったら容赦はしないのがセシルだ。確かに、チョコボ臭を漂わせるやつと同じテントで眠りたくはない。ティーダが助けを求めるような視線を送ってきたが、フリオニールは心を鬼にして目を逸らした。
 それぞれの荷物を担いで、ひずみの出口に歩き出す。とことこと一行を追ってきた二羽のチョコボが、クエッ、と鳴いた。
「楽しかったぜ、またどこかでな」
「悪くない走りだった、高オッズが狙えるぞ」
 別れを惜しんで片方の首を抱くティーダと、もう片方の羽を撫でながらやはりよく分からないことを言うクラウド。黄色と黄色と金色と金色の交歓が、傾き始めた陽の光を受けてひどく眩しく、セシルとフリオニールは鼻呼吸を止めたまま目を細めた。