ハンバーガー

 ふたつ割りにした丸く平たいパン。その間に、トマト、生玉葱、酢漬けにしたきゅうりの薄切り、挽肉をやはり平たく固めて焼いたもの、それからレタスは見つからなかったから、少し硬いけれどキャベツの千切り。酢とたまごで作ったソースと、昨晩の余りのトマトソースをかけて。横には油で揚げ焼きにした芋のくし切りに、塩と香草をまぶしたもの。
「どうだ」
「見た目はなかなかっすね、ちょっと高級路線に見えなくもないっつーか」
 そうか、と相槌を打ちながら、フリオニールにはティーダの言っていることがさっぱり分からない。高級とか低級とかがあるのか、同じ料理なのに。
 ティーダはパンで挟んだそれらを持ち上げて、矯めつ眇めつ観察している。野菜が滑って崩れてしまうのでは、と思ったが、丸いパンの真ん中をぎゅっと押さえているようだ。
「紙で包んであったりするんすけどね」
「紙で?」
「うーん、まあいいや。ほら、具が溢れないようにさ」
「なるほどな」
 ナイフとフォークで切り分けて食べるのか、それにしては随分と嵩が高い、と思っていたが、今のティーダの様子を見るに、手に持ってかぶりつくものらしい。フリオニールは自分の目の前の皿に乗った、ティーダが手にしているのとおおよそ同じ仕上がりのものをまじまじと眺め、その場を凌ぐように揚げた芋を摘まんだ。ほっくりと中まで火が通り、面倒だからと一緒に油に突っ込んだローズマリーがぱりぱりと香ばしい。
「喰わねえの」
「先達の意見を聞いてからにしようかと」
「なんだよソレ」
 ハンバーガーに先達も何もないっての、と笑うティーダが、ぐわ、と大きな口を開けた。顎が外れてしまいそうなくらいにぱかりと無防備な口腔の暗い赤に、歯の白さが映えるのを、息を潜めて見守ってしまう。
「あ、いららきまふ」
 何とも気の抜ける食前の挨拶と共に、前歯がパンにめり込んだ。

 今日の飯はどうしようか、と訊ねたら、ハンバーガー食いたい、と返ってきた。足元ではたった今ほど撃破したイミテーションのかけらががちゃりと砕けていた。
「ハンバ、ーガー?」
「ハンバーガー」
 そっか、フリオニールのとこにはないんだな、と呟きながら水の刃を消したティーダが呟く。
「どんな料理なんだ」
「料理っつーか、まあサンドイッチとあんま変わんないかな」
 サンドイッチなら知っている。パンとパンの間にいろいろと具材を挟むそれは、昼食の定番だ。しかし別の名前がついているのなら、別の料理なのではないか。
「パンは丸くてさ、ハンバーグ……挽肉を丸めて潰して焼いたやつが必ず入ってるってくらいかな」
「挽肉か……」
 折りよく、数日前に仕留めた豚のような生き物の肉がある。そろそろ食べてしまわなければと思っていたところだ。ほんとは牛なんだけど、豚でもいいっすよ、とティーダが言う。
「他には?」
「んー、野菜てきとーに。トマトとか、レタスとか」
「手に入るかどうか」……
「そんな難しく考えなくていいって。あ、けどフライドポテトは必須な」
 考えてたら腹減ってきた、と歩き出すティーダの後を追いながら、食材の都合を考える。パンは丸くなくてはいけないのか、味付けはどういう風なんだ、芋は油で揚げるのかと質問の絶えないフリオニールを彼は笑う。
「おれがやるって、パンだけ手伝ってくれよ」
「しかし、けっこう手がかかりそうな気がするんだが」
「あ、そしたらさ、一緒にやろうぜ」
 いいことを思いついたと指を鳴らしたティーダと、まだ戸惑った顔のままのフリオニールの肩が触れ合う。並んで歩いているうちに、どちらからともなく近づきすぎて肩だの腕だの足先だのをぶつけてしまうのはいつものことだった。少し前までそれを見て揶揄うように忍び笑っていたふたりは、今は違う道を歩んでいるけれど。
「やった、おれにもおまえに教えられることあったんだな」
 ブリッツだけかと思ってがっかりしてたんだ、おまえ泳がないし。そう拳を握る彼に、もうずいぶん色々と教えられてきたと言えば、飴玉のような目をきょとんと丸くしたのが、なんだか無性にあどけなかった。

 がぶり、とでも擬音を付けたくなるような食いつきだ。窯も上等な小麦粉もない中で、出来るだけ柔らかく焼いたパンは、それでもそれなりの歯応えがあるらしい。上下の前歯が突き当たるまで噛み締めた顎にさらに力がこもったのが、耳と首筋の動きで分かる。
「ん、」
 手にしたものをもぎ離すように、ティーダの頭が動いた。噛み切りが甘かったらしいトマトの皮が口の端からずるりと垂れて、赤と白、二色が混ざってまだらな桃色になったソースが唇を汚す。べとりと貼りつくそれをそのまま、彼は咀嚼を開始した。
 やや肉厚の下唇が、上唇に巻き込まれるようにもぐもぐと蠢く。ぴたりと閉ざされたその奥では、さっき見た白い歯がパンと肉と野菜の混合物を引き裂き、噛みしだき、すり潰しているに違いない。ひと噛みごとに正体を失っていく命の糧と、それを蹂躙する滑らかな象牙質の硬度を想う。フリオニールが触れるときはたいてい熱くぬめる舌は、今もやはり熱を込めて噛み砕かれた食べ物の成れの果てを食道に送り込んでいるのだろうか。彼がひどく興奮した時、それは激しい戦闘の直後か、あるいはこの腕の中で絶頂に手を伸ばす瞬間なのだが、その時ばかりは血が他所に集まるからか舌先は冷えている、けれど今はそうではないだろう。
 凝視という表現が生温いほど、瞬きもせずに自分を見つめるフリオニールの視線をどう解釈したのか、ティーダが左の口角だけを上げてにやりと品のない笑みを浮かべた。
「エロいこと考えてんだろ」
「人聞きが悪いな」
「鏡見てみろって」
 フリオニールを針の先でつつくような言葉を吐いて、ついでとばかりに赤い舌が伸びて垂れたソースを舐めとる。「マヨネーズとケチャップが欲しい」とぼやくティーダの頼りない記憶を辿って試行錯誤の末に拵えた二色のソースが、ティーダの指摘を正面から笑い飛ばせないフリオニールの空想を煽るように唾液に置き換わった。わざとやっているのは間違いない。
「食事中だぞ」
「なら早く食えって」
 美味いから。相変わらずにやにやと笑っては上目遣いに覗き込む顔が小憎らしい。濡れたままの口許を拭ってやろうとした指は行き先を変えて、ティーダの滑らかな額を腹いせにぱちんと弾いた。いてえ、と大して痛がってもいない声も、やっぱり小憎らしかった。