◯◯しないと出られない部屋

「怪しいものは見当たらないな」
「というか、何もないね、潔いくらい」
「こっちも何もなしっす」
「同じく」
 床に這いつくばっていた姿勢から同時に立ち上がる。四人揃って寝間着のままだ。
「確かにテントで寝てたと思ったんだけど……」
「バッツあたりのいたずらじゃないか?」
「あり得る」
「カオスの連中でなければいいがな」
 うーん、と顔を見合わせて唸る。フリオニールの言う通り、バッツのいたずらならそのうち開けてくれるだろうし、出たら一発ずつ殴ってやればいい。
「その前に、ウォーリアがきつーくお説教してそうだけど」
 セシルの言葉に揃って笑う。四人が消えたことに驚いた光の戦士、それからオニオンあたりがお灸を据えて、それで解放されるというのが一番ありそうなシナリオだ。
「でも、おれ、クラウドの方が当たってると思う」
 カオス、頭おかしいやつばっかじゃん? と頭の横で指をくるくる回すティーダを誰も否定できなかった。懸念はそこだ。何しろ、全員揃って装備を外しているのでこちらは徒手空拳だ。クラウドが確かめるように手に力を込めるが、愛用のバスターソードは現れてくれなかった。
「敵が出たとして、殴りと蹴りでどこまでいけるかな」
「自信ナシっす」
 そう肩を落とすティーダが、生き残るという意味では一番可能性が高い。機動力にいまひとつ欠けるフリオニールが溜息を吐いた。
「……一旦状況を整理しよう」
 クラウドの言葉に頷く。旅の始まりの頃にそんなやりとりをした気がするが、やはりこういう時に冷静に判断してくれるのはクラウドだ。
「俺たちは秩序の聖域を目指していた」
「みんながクリスタルを手に入れて、コスモスのところに戻る途中だったね」
「日が暮れてきたからこの辺で野営にしようってことになって」
「キャンプの設営と夕飯準備は俺たち四人だった」
「夕飯の前に、ティナとオニオンがアルティミシアとエクスデスのイミテーションを発見し、勝った」
「おれが加勢しようと思って走ってったら終わったんだよな、別に変な感じはなかったっす」
「で、みんなで夕食を食べて」
「スコールとバッツが見張りの早番、遅番は誰だった?」
「ウォーリアとジタン」
 認識に齟齬はないようだ。場を持たせるようにセシルが聞いた。
「クラウド、きみはすぐに寝た?」
「ああ。寝る時まだティーダとフリオニールが話をしてただろう」
「おれらもわりとすぐ寝たよな?」
「ああ、クラウドとセシルがもう寝てると気づいて」
 うーん、と首をひねる。ここまでそれらしい手がかりはナシだ。とりあえず座ろうぜ、というティーダに従って、車座で腰を下ろす。
「……目が覚めたら、この真っ白い部屋でした、と」
 改めて周囲を見回す。白い天井、白い壁、白い床、窓も家具もない。出来たばかりの病院ってこんな感じかな、とティーダは思う。

「フリオニール」
「ん? 何だ、クラウド」
 ふと声を上げたクラウドを全員が注視する。いつも通り、落ち着き払った態度を崩さない彼の考えていることが読めない。フリオニールが軽い緊張を覚えた瞬間。
「おまえ、寝癖ひどいな」
「……」
「……っふ、」
「っくく、」
 呆気にとられるフリオニールをよそに、セシルとティーダは思わず吹き出した。クラウドは相変わらず無表情でフリオニールを、正確には、重力に逆らってあちこちに突き出した髪を見ている。
「く、クラウド」
「ほんと、きみって……」
 腹を抱える二人をぎっ、と睨みつけて、フリオニールは反論した。
「起き抜けなんだから仕方ないだろう、それに寝癖ならティーダだってひどいぞ」
「あっ、おれを巻き添えにすんのはずるいぞ」
 ティーダは両手でわざと自分の頭を掻き回した。それでもぴょんと跳ね上がるてっぺんの双葉を摘んでセシルが笑う。
「ははは、ふたりとも髪が硬いから仕方ないよね」
「そういうセシルも後ろ、ぐっちゃぐちゃっすよ」
「僕はいいの、兜被っとこうか?」
「被れるなら被って、壁に一発決めてみてくれ」
 と言うクラウドもなかなかに前衛的な頭をしている。うーんやっぱりジョブチェンジも出来ないねえ、と目尻に涙を浮かべたままのセシルの髪を、ティーダが手櫛で梳こうとしている。
「それよりクラウド、その寝間着そろそろ新しくしたら?」
「必要ない」
「首回りがよれよれだぞ」
「イケメンが台無しだっつーの」
「フリオニールも、ズボンに穴空いてない?」
「え、どこだ」
「膝んとこ」
「そこじゃなくて良かったな」
 とっさに股間に手を当てるフリオニールをまたみんなで笑う。膝の穴を摘んだフリオニールが天井を仰いだ。
「笑い話してる場合じゃないぞ」
「その通りだね。何とかして脱出する方法を考えよう」
「誰が始めたと思ってんだよ、このバカ話」
「俺だな」
 ふう、と溜息が揃った。方法といったって、手がかりはない。さっき散々に調べたのだ。壁を叩き、床を手で探り、天井は肩車までして確かめたが、それらしい仕掛けも何も見つからなかった。
「あー腹減ったぁ」
「喉も渇いたね」
「って言ったって、食べ物が降ってくる訳でも……」
 ひらり。
 車座になった四人のちょうど真ん中に、一枚の紙片が落ちてきた。
「……何だろう」
「脱出のヒント?」
「あっ、ティーダそんなうかつに」
 フリオニールの制止する間もなく、ティーダが紙片を拾い上げる。掌より少し大きな紙が二つ折りになったものだ。
「何が書いてあるんだ」
「わかんねえ」
「え?」
「おれの知ってる文字じゃないや、これ」
 誰か読める? と差し出されたそれを、三人で囲む。
「お手上げだな」
「僕も分からない」
「俺も……見覚えがないな」
 それは、象形文字のようなそうでないような、曲線の絡み合った複雑な文字だった。右から読むのか左から読むのかも判然としない。だが、この訳の分からない部屋で唯一の手がかりだ。何とかならないものか。
「オニオンがいればなー」
「無い物ねだりはよせ」
「うーん……全く見当がつかないね」
「指示なのか、脅し文句なのか……」
 頭を突き合わせてみても、分からないものは分からない。そもそもどちらが上で下なのかも見分けられないのだ。参ったな、とセシルが瞑目した。
 胡座をかいて上体を逸らしたクラウドが呟く。
「……ウータイ人の部屋だな」
「なにそれ」
「おれの世界の例え話だ、ある言語を全く理解しない人間を部屋に閉じ込める。そいつはその理解できない言語の書かれたメモを受け取るんだ」
「そのメモどこから来たんだ」
「フリオニール、最後まで聞こうか」
「部屋にはマニュアルが一冊置いてあって、メモの内容に対応する処理の仕方が書いてある。こういう内容ならこの記号を付け足して戻せ、とか」
「マニュアルねえ」
「そうすると、部屋の外にいる人間には、まるで部屋の中にその言語を理解する人間がいるかのように思えるというわけだ」
「え、話終わりかよ?」
「終わりだ」
「教訓は?」
「……マニュアルがなければ部屋の中は無人だと判断されるだろうな」
「それ、教訓?」
「この話に教訓はない、ただの例え話だからな」
「なんでちょっとドヤ顔なんだよ」
 顔を見合わせてまた溜息をつく。事態は全く進んでいなかった。

 一応マニュアルにあたるものがないか改めて捜索したが、当然見つかるはずもなく、また四人は部屋の中央に座っていた。紙片はセシルの手にある。ひらひらと振って、
「僕らが目覚めてから、どれくらい経つかな?」
「さあ……こんな部屋だと、時間の感覚もなくなるな」
「腹の減り具合からするともう昼近い気がする……」
「そろそろ三時間くらいじゃないか」
 そんなになるっけ、とティーダが首を傾げる。俺の時間感覚が狂っていなければな、と今は真面目なクラウドだ。兵士をやっていると時間の感覚が勝手に身につく。何しろ規律が最も重要な組織なのだ。
「ここまで来ると、バッツのいたずらではなさそうだな」
「そうだね、さすがにウォーリアも説教の前に助けてくれるだろうし」
「いや、あのひとがおれらのこと忘れてる可能性あるっすよ」
 どうにも会話が締まらないのは、寝間着のせいか、それとも見通しのない状況に疲れたせいか。セシルがほつれた袖口を引っ張っている。
 その時だった。ぴしり、と音がして、一斉にそちらを向く。
「何だよアレ、」
「消えてる……?」
 ぴし、ぴしり、と石にヒビが入るような音とともに、真っ白な部屋の床が形を失っていた。音は一箇所ではなく、あちらからも、こちらからも続く。
「まずい、かな」
「ああ」
「あそこから出られたりは……」
「期待しないほうが良さそうっす」
 重なり合う音はやがて耳をつんざかんばかりに響き、部屋が四隅から侵食されていく。それどころか、天井も隅から消失し始めた。加速していく崩壊に、四人は身を寄せ合った。
「ここで消えんのかよ⁈」
「はは、それはごめんだな」
「訳がわからないままおしまい、なんてたまらないね」
「かと言って……」
 どうしようもない。消えた語尾を全員が噛み締めた。ここで終わるのか、こんなところで。まだ何も成し遂げていないというのに。仇敵と、兄と、因縁の宿敵と、父と、刃を交えて手に入れたクリスタル。コスモスの祈りと願いの、最後のかけら。共に闘うと誓った仲間たち。カオス。このまま自分たちが消えたら、この世界はどうなってしまうのか。
 割れる音は嵐のように降り注ぐ。もうそこまで迫ってきている。身体を縮こめた四人は、顔を見合わせた。
 ここで終わるとしても。
「おれ、三人と一緒で楽しかった」
「ティーダ、今それを言うのはずるいぞ」
「ふふ、でも同感だよ」
「ああ……悪くなかった」
 頭を、顔を、肩を寄せる。それぞれの腕が、隣り合う者の背中に力強く回った。その向こうの者とは背の上で指を組み合わせて、ぎゅっと握る。
 抱き締め合う四人を、溢れる光が包み込んだ。

「……ーダ、フリオニール!」
「おいクラウド、セシル! 目開けろって!」
 呼びかける声に、意識が覚醒した。ばっと起き上がる四人を、秩序の戦士たちが不安げに見つめている。
「こ、こは?」
「おれたち……」
「消えて、ない?」
「何が……」
 辺りを見渡す。そこは確かに、昨日自分たちが設営したキャンプの真ん中だった。ほっとした顔のティナとオニオンが、ふたりを呼んでくる、と言って駆け出す。
「びっくりしたぜ、光ったと思ったらいきなり出てくるんだもんな」
「なかなか起きてこないと思ったらテントがカラで、みんなで探してたんだ」
 しゃがみ込んだジタンの尻尾が揺れている。どこか怪我はないか? とバッツが言うのに、揃って首を振った。
「みんなは無事なのか?」
「ああ、おれたちは何ともないよ。待ってな、ウォーリアとスコールが戻ってくるから」
 ジタンが差し出してくれる水を飲んだ。渇いた身体に甘露のように染み渡るそれを味わう。しみじみと美味かった。

 ほどなくして、金属の擦れ合う音と共にウォーリアたちがやってきた。真っ直ぐに四人の前に膝をつく彼の額に汗が浮いていて、珍しいことだとどこか他人事のように思う。
「無事なのだな」
「ええ、なんとか……ご心配をおかけしたみたいで」
「よかった……みんなどこにいたの?」
「目が覚めたら白い何もない部屋にいた」
「何もない部屋? どういうこと?」
「わからない」
 カオスの罠かな、と考え込むオニオンの兜の飾りをぽんぽんと叩いて、ティーダは笑った。
「おれらも全然分かんないけど、でも戻ってこれてよかったっす」
「最後はどうなるかと思ったがな」
「そんな……罠なんだったら、対策を立てないと」
「って言ったって、ほんとワケ分かんなかったんだって、なあクラウド」
「ああ、お手上げだったな。どうして戻って来られたのかも」
 とりあえず着替えて、話はそれからと立ち上がった時だった。ひらり、と何かが回転しながら地面に落ちる。
「セシル、何か落としたぜ?」
 ほい、とジタンが拾い上げてくれるのを受け取って、セシルは苦笑した。
「これね、脱出の手がかりかと思ったんだけど、僕らの読めない言葉で書いてあって」
 誰か読める? と差し出されたのを真っ先に手にしたのはオニオンだ。ぱっと目を走らせて、眉を寄せ、紙をくるくる回転させている。横から覗き込んだティナも、わたしにも分からないわ、と言った。バッツ、ジタン、スコールも首を振る。最後にそれを渡されたウォーリアは。
「……なるほど」
「え、ウォーリア読めんの?」
「そっか、ウォーリアの世界の言葉だったんだ」
「何て書いてあるんだ?」
 興味津々で迫ってくる仲間から半歩退いて、ウォーリアはメモを読み上げた。

「24710は『ハグしないと出られない部屋』に入ってしまいました。180分以内に実行してください。」