みんなでごはん

 いただきまっす! とティーダの元気のよい声に、フリオニールが召し上がれ、と答える。その一瞬に、大皿からメインディッシュを黙ってごっそり持っていくクラウドに、ティーダが拳を振り上げる。
 今日のメインは七面鳥に似た鳥のロースト——というと聞こえはいいが、要は石を組んだ簡易釜で丸焼きにしただけだぞ、とフリオニールは謙遜する。セシルは水をひとくち飲んで、目の前の乱闘をにこにこと見つめていた。
 食事は誰にとっても一日の楽しみだが、セシルはこの四人で囲む夕餉がことのほか好きだった。限られた食材、いつ敵が現れるかも分からない状況でも、全員の無事を祝って今日の糧に感謝する。毎日行動を共にしているのに、話は尽きない。
(不謹慎かな)
 壊れてゆく世界で、混沌の軍勢が押し寄せる中で、他の仲間たちが苦難に直面しているかもしれないのに、食事が楽しいだなんて。セシルの口許に浮かんだ苦笑を、引き続きぎゃあぎゃあ騒ぐ金髪ふたりに向けたものと思ったらしいフリオニールが立ち上がった。
「おまえら、平等に配分だぞ!セシルが困ってるじゃないか」
 手羽を引っ張り合うふたりがこちらを揃って見たのに、今度はちゃんと普通に笑ってやる。
「いやいや、楽しいなあって思って」
 僕のことは気にせず続けて続けて、と言うのに毒気を抜かれたのか、ティーダが手を離した。彼は素直でいい子だ。
 やれやれと腰を下ろしたフリオニールが取り分けてくれた皿をありがたく受け取る。もう一度、いただきます、と呟いてセシルはフォークを手に取った。
「んー! んまいっ」
「そうか、よかった」
「フリオニール、まじおれのとこに嫁に来いよ」
「待て、フリオニールは俺の嫁だ」
「おいちょっと待ておまえら」
「ふふ、残念だけど僕が予約済みだよ?」
「セシルも!」
「ひどいなあフリオニール、あの熱い夜を忘れたのかい?」
「わー、おっとなー」
「フリオニール、俺を愛していると言ったのは嘘だったのか」
「クラウド!」
「俺の身体が目当てだったんだな」
「いいかげんにしろ!」
 声を上げるフリオニールは本当にからかい甲斐がある。俺は悲しい、と無表情で泣き真似をするクラウドも、この場を大切に思っていることが目で分かる。
 こういう場は戦場でこそ守られるべきだ、とセシルは知っていた。かつて軍を率いていたころ、戦局がいかに厳しかろうと、いや、厳しいからこそ、仲間同士で飛ばし合う冗談や軽口が精神の安定を支えてくれるのだと気づくまでにそう時間はかからなかったはずだ。
 だから、後ろめたく思う必要はない、と結論づけて、セシルは皿の上のものを口に運んだ。テーブルなどないから少し俯きがちになる、その口許に緩く波打つ銀髪が垂れた。かき上げて耳にかけるが、男にしては柔らかいそれはしつこく下がってくる。
 いつものことなので、邪魔だなあと思いながら食事を続ける。ティーダの感嘆する通り、簡単にやっただけとは思えないほど美味しかった。

 昼間解放したひずみのことを話している。ひとつおかしなひずみがあって、どのイミテーションも変異型だったのだ。当たれば一撃で倒せるが、向こうの攻撃も一発当たれば危ない。
 あれは緊張したよなあ、とフリオニールがしみじみ呟いた。その実、最も危なげなかったのは彼だ。守りを固めるイミテーションを、一瞬の隙を突いて投げた斧で引き寄せ、敵が回避する間も与えず連撃を叩き込む。鮮やかだった。
 もはや無意識に髪をかきあげるセシルの目の前で、クラウドが食器を置いた。いつもは大皿が空になるまで食べ続ける彼にしては珍しいことだ。そのまま黙って立ち上がり、背後に設置したテントに入っていく。
「クラウド、どうしたんすかね?」
「なんだろうな……味付けが気に入らなかったか?」
「それはないっしょ」
 ティーダの言葉を肯定するように、クラウドの皿に残された鳥の骨は綺麗なもので、軟骨も残っていない。首を傾げる三人のもとに、程なくして戻ってきたクラウドの手には紐のようなものがあった。
「どうしたんだ?」
「セシル」
 問いかけるフリオニールには答えず、まっすぐセシルに歩み寄る。クラウドはあまり表情を動かさないから、こうして真顔で近づかれるとさしものセシルでも緊張を覚えずにはいられなかった。
「クラウド?」
「これを」
 セシルの目の前に垂らされたのは、数日前に手に入れたリボンだった。役には立ちそうだが四人とも装備できず、今度合流したらティナにあげようとしまっておいたものだ。
「髪が邪魔だろう」
「ああ……うん、食事の時はね、ちょっと」
 よく見ていたものだ。聞いていたフリオニールとティーダが揃ってなるほどー、と感心している。
「戦闘中は使えなくても、飯の時は構わないんじゃないか」
「そうだね、ありがとう」
 ピンク色の可愛らしいそれを使うのは気恥ずかしい気もしたが、クラウドの気遣いが嬉しい。皿を平らなところに置いて受け取ろうとしたリボンが、ひゅいっと遠ざけられた。
「あれ、クラウド?」
「やってやる」
 俺に任せておけ、という台詞に、ティーダが吹き出す。
「そーだよセシル、クラウドにやってもらえって。慣れてんだからさ」
 それはつまり、クラウドの荷物を圧迫するあのドレスとかあのかつらとかあのコロンの話をしているのだろうか。いや、あの装備一式は実際のところかなり役に立っているのだ。何ならこのリボンもそのおかげで手に入れたものだった。——ドレスの裾をはしたなく翻してバスターソードを叩き込むクラウドの背中が脳裏によぎる。
 セシルが固まっている隙に、その背後にクラウドが立った。櫛も持ってきたようで用意がいい。
「では陛下、御髪を失礼」
 調子だけはいかにも真面目な、しかし戯けた台詞でフリオニールが笑った。確かにセシルはそう呼ばれることもある、その記憶が戻ってきたのは最近のことだ。何も冗談のネタにしなくてもいいのではないか。
 優しく通される櫛の感触がむずがゆい。鉄の塊を振り回すくせに、今のクラウドの手つきはずいぶん柔らかい。絡んだ部分を丁寧に梳かし、大きな手が髪をそっとまとめ上げた。きゅ、とリボンが締まる。
「きつくないか」
「うん、大丈夫。ありがとう、クラウド」
 顔の横の髪がまとめられただけで視界がすっきりした。結い上げられて露わになった首筋がすうすうするのには違和感があるが、決して悪くない。
「セシル、その髪型も似合うなあ」
「そうかな?ありがとう」
「フリオニールが『ゴクッ……』ってしちゃいそうっすよ」
「しない!」
「フリオニール、そうなっても恥じることはない。健全な証拠だ」
「ならない!」
 また四人で皿を囲んで笑い合う。腹以上に胸が満たされて、セシルは笑った。
(ああ、)
 この旅路がどんな終焉を迎えても、願わくば、彼らの記憶が奪われませんように。
「クラウド、明日もお願いしていいかい?」
 首を傾げるセシルに、クラウドは目許を緩ませて頷いた。明日の約束が出来ることが嬉しかった。