状態異常:どく

 とある夜。バッツはティーダと焚き火の番をしながら、薬師として常備薬を調合していた。これまでに拾い集めてきた薬草や動物のツノ、肝などを仕分けて用途別に混ぜこんでいく。
「ほんっと器用だよなあバッツは」
   ティーダが漏らす感嘆の声を気恥ずかしく聞きながら、バッツは笑った。
「旅人の必須スキルだからな。買い物がいつでもできるわけじゃないし、自分で出来ることは多い方がいいだろ?」
   ティーダは乾燥させた熊の胆をつまみあげて矯めつ眇めつしながら、そりゃそうだけどさ、と肩を竦めた。
「なんだよ、おまえなら『やれば出来る!』って言うかと思ったぜ?」
「そう言いたいのはやまやまなんだけどさぁ、おれ、あんまりアイテム使った記憶ないんだよな」
「そうなのか?」
「うん、だいたい仲間がエスナで治してくれてた、気がする」
   よく思い出せないけど。そう小声で付け加えるティーダの気を逸らすために——記憶の話は全員にとってセンシティブだったが、ティーダは特に不安定になりがちだったので——バッツはことさらに声を高めた。
「へえ、それでよくMP保つなあ。もったいなくないか?」
「いや、そうでもなくって。なんか、しょっちゅう回復ポイントがあったんだよな」
「マジか、宿屋行ったりコテージ建てたりしなくていいのかよ」
「コテージなんか建てたことない……と思う」
「うらやましー。俺なんか何度ダンジョンで行き倒れそうになったことか」
   明瞭な記憶はないが、その時の焦燥感や絶望感は思い出せる。羨ましいという言葉は心の底から出た。
   つらつら話は戦闘中のステータス異常に移った。どれが一番恐ろしくて厄介で面倒か。その筆頭といえば、
「混乱……はややこしいけど、殴れば治るしな」
「いやそりゃ当たれば治るけど、当たんないっすよ」
「どういうこと?」
「ふつーに避けるだろ?」
「避けるとかアリかよ……」
「僕はスロウが嫌だな」
   にゅっ、と二人の間から顔を出したのは見回りから戻ってきたセシルだ。話が聞こえていたらしい。
「つっても、うざったいけど死なないし、そこまででも……」
「ヘイスト上掛けで余裕じゃないっすか?」
「うん? ヘイストかけても元には戻らないでしょ? エスナも万能薬も効かないし」
   同じ状態異常でも、世界線が違うといろいろと勝手が違うらしい。水中で戦闘した記憶がないセシルにとっては、ティーダの言う「かかった瞬間ばりーんと割れる」という水中の石化は大変恐ろしいようだ。
「石化破壊が瞬時に起こってしまうということかい?」
「そうそう。だから石化耐性防具着けとかないと怖くて闘えないっす」
   さもありなん。震え上がるセシルが、そういえば、と思い出して、
「クラウドはトードが嫌だって言ってたね」
「あー分かる。防御力めっちゃ下がるしな」
「えっちょっと待って、トードってナニ?」
「へえ、ティーダのところにはないんだ、トード」
   カエルになるんだよ、と言われても全くピンと来ていないようだ。文字通りカエルになってしまうのだから他に説明のしようがないのだが。
「ティーダは何が一番嫌なんだい?」
「おれ? うーん……」
「やっぱ石化か? さっきの話だと」
「んーいや、やっぱ毒かな」
「毒?」
   セシルとバッツの声が重なった。ううん、と頼りない記憶を掘り起こしてみる。
「まあ、痛いことは痛いよな?」
「けど、ダメージ食らう前に倒せたりするよね?」
「いや、そこまででは……でも毒ダメージで死ぬこともないしな」
   そんなに怖いか? と訝るふたりを、ティーダが信じられないと言わんばかりの目で見ている。
「死ぬっすよ」
「死ぬのか……」
「HPマックスからでも4回行動したら死ぬ」
「えっ、たった4回で?」
「ティナも怖いって言ってたぜ。全員毒プラスバーサクとか混乱になったら目も当てられないっす、オートで全滅するから」
   まあエスナでも毒消しでも治せるからいいんだけど、あれはほんと焦る、とぼやくティーダを、ふたりはなんとなく覚えていた。

   その数日後。フリオニールと哨戒に出ていたティーダが、泡を食ってバッツの背中に飛び込んできた。
「バッツ〜! 毒消し! 毒消し出してっ!」
「うっわ!ど、どうしたティーダ、落ち着けって」
「おまえ、フリオニールどこ置いてきたんだよ?」
   隣にいたジタンが問うも返事はない。スコールがバッツの向かいで黙って目を丸くしている。それほどの慌てようだった。
「早くしないとフリオニールが死んじゃうんだってば! いいからどくけしー!」
   ほとんど叫ぶように、バッツの荷物を漁り出す。それをなんとか羽交い締めにして(スコールが手伝ってくれた)問い詰めようとした矢先だった。
「ティーダ、おまえ置いてくなよ」
   いっそのんびりと、フリオニールが現れた。どことなく顔色が悪いが、大したダメージを負った風には見えない。その声を聞くや否や、ティーダがまた暴れ出した。他の面々も、なんだなんだと集まってくる。
「フリオ! 動いちゃダメだってば!」
「大したこと」
 ないって、と言いかけたセリフは、ほとんど泣き声のティーダに遮られる。
「フリオが死んじゃうー!」
   不吉極まりないシャウトに、仲間たちは騒然とする。が、当のフリオニールは至って落ち着いた様子で、海色の目に涙すらにじませるティーダを嗜めるように頭を撫でた。
「勝手に殺すな。……毒くらいで死ぬわけないだろ、大袈裟だな」
   それで合点のいったバッツは、セシルと目を見合わせた。やれやれ、とセシルが口を開く。
「あのねフリオニール、ティーダの世界では毒ってとても怖いものだったんだって」
「そうなのか?」
   ぶんぶんと首を振るティーダを解放してやって、バッツも後を続けた。
「なんだっけ? HP全快でも4回行動したら行動不能になるんだよな?」
「なるほど……それでか」
   哨戒中、不意を打って現れた変異型イミテーションの攻撃でフリオニールは毒らしきステータス異常を負った。毒か、と彼が口走ったのがティーダの耳に入るが早いか、次の瞬間EXバーストで敵を微塵切りにし、呆気にとられるフリオニールを常にない力で押さえつけて座らせた。ここから一歩も動くな身動きもするなと怒鳴らんばかりに言い置いて、仲間たちの待つキャンプの方へ一目散に走って行ったのだ。
   一方、毒など気が向いた時に治せばいいくらいに思っているフリオニールにはティーダがバーサクか何かにかかったようにしか見えず、訳の分からぬまま後を追ったというわけだった。
   俯いて震えているティーダの金と茶が混ざり合う頭頂部を見下ろしながら、さてどう宥めたものかと逡巡する。と、ふと身体が軽くなった気がして周りを見渡せば、ティナがエスナをかけてくれたようだった。
「ティーダ、もう大丈夫よ。エスナかけたから」
「ありがとうな、ティナ。ほらティーダ、もう大丈夫だ」
   な?と頭を撫でる手に力を込める。フリオニールの顔色を確かめると、ティーダはその首にかじりつくように飛びついた。
「よかっ、よかった、フリオニール」
「心配させたな、悪かった」
   危なげなくティーダを支えたフリオニールの表情は、苦笑しながらどこか嬉しげな色をにじませている。戦闘時などは凶暴な印象すら与えるつり目は、今はあからさまな甘さを湛えていた。
「はい一件落着、かいさーん」
「みんな無粋だぜ、散った散った」
   やってられるかと歩き出すバッツとジタンに従って、秩序の戦士達は各々の持ち場に戻る。
「よかったわね」
   ふふっと呑気に笑うティナを見上げて、オニオンは肩をすくめた。
「全て世はこともなし、ってやつかな」