treasure

【treasure】財宝、宝物。大切な人。

 ジタンは大変に上機嫌だった。大木の根元にどかりと座り込み、持ち上げた袋がずっしりと垂れ下がるのをにんまりと眺める。
 今日のお宝争奪戦はジタンの圧勝だった。何しろ勘が冴えわたり、お宝の方からこちらの手に飛び込んでくるような大漁だ。この成果にはスコールも目を瞠り、バッツも白旗を揚げた。解放したひずみはみっつ、片付けたイミテーションの数も最高記録を更新したのではないか。言うことなしだ。
 意気揚々とキャンプに戻ったジタンは、夕食までの自由時間をお宝を愛でて過ごすことに決めた。
「はー、やっぱこれだよなあ」
 盗賊、至福の時というやつだ。出来るだけ綺麗な布を広げて、本日の収穫を丁寧に並べてゆく。きらきらと輝く宝石、貴重なトレード用アイテム、武器に防具。ずらりと並べれば、それら全てがジタンを祝福しているようで、笑みくずれたままの頰を引き締める気さえ起きない。
「……すごいじゃないか、ジタン」
「おっ、」
 頭上にふいに影が落ちる。柔らかく響く声は、
「フリオニール、おつかれさん」
「ああ、お疲れ。それ、ジタンが見つけたのか?」
「とーぜん! 今日は絶好調だぜ、ちょっと見てけよ」
 それじゃあお言葉に甘えて、と傍らに座り込む彼は、いつもの重装備を外して身軽な姿だ。早速、興味深そうな顔で並んだお宝を覗き込んでいる。
「たいしたものだな、さすがジタンだ」
「へへっ、もっと褒めてくれていいんだぜ?」
「俺の見たことのないものがたくさんあるな……これは?」
「ああ、それは俺も初めて手に入れたんだけど……」
 フリオニールが指をさすアイテムについて説明しながら、その顔を観察する。普段は違うグループに分かれているから、間近で話をするのは久しぶりだ。
(こいつ、なかなか……)
 製錬されたばかりの鉄のように冴えた銀髪。木漏れ日を映して輝くのは熾火の褐色、きりりと吊った眉と眦が猛禽のように雄々しい。凛と通った鼻梁に意志の強い唇、大理石を削り出したような頤から続く喉。そこから生まれる声は深みがあってよく通る。さらに、あらゆる武器を使いこなす恵まれた体躯。指折り数えて、指の方が足りなくなるような美しい若者だ。
「おまえ、いい男だなあ」
「えっ? な、なんだいきなり、」
 出し抜けなジタンの言葉に、ぼぼっと頰が紅潮するのが初々しい。途端に狼狽えるのをとっくりと眺めながら、ジタンは笑った。
「いや、ほんとにさ。変な意味じゃなくて、感心してた」
「からかうのはよしてくれ」
「からかってねえよ」
 アイテムの仕分けをしながら、また雑談に戻る。しばらく居心地悪そうにしていたフリオニールが、そういえば、と切り出した。
「ジタンにとって最高のお宝って、何なんだ?」
「最高のお宝?」
 いい質問だ。ふむ、と指を顎に添えて記憶を手繰ってみる。前の世界のことも、断片的ながら思い出し始めていた。
 タンタラスの仲間たちの顔。旅芸人として受ける喝采。財宝ならそれこそ唸るほどのものを手に入れてきた。それから、あの旅のメンバーたち。とんがり帽子の少年、毅然とした女竜騎士、強面のおっさんに食いしん坊、おませな召喚士、頑固な一匹狼。そして、可憐な姿に強い心を秘めたお姫様。
 ふふっ、と笑いを漏らすジタンを、フリオニールがきょとんと見ている。
「俺は何か変なことを訊いただろうか」
「いやいや、悪い、変な意味じゃなくてさ」
 きらりと閃いて、ジタンを呼んでいるような宝石を手に取った。樹液を固めたような柘榴石だ。午後の柔らかな日差しを受けて、ジタンの掌に飴色の光を落とす。ガーネット、成分によって色を変えても、とろりと甘いその影はどれも同じで、どれも綺麗で、どれも彼女には敵わない。
 フリオニールも、石を見つめる眼差しからジタンが大切な人を思い出しているのだと気づいたらしい。小さく、そうか、と頷いて、尖った犬歯を覗かせて笑った。
「いいな」
「ん?」
「大切なものがあると、人は強い」
 ジタンは目を上げて目の前の男を見た。その表に浮かぶ羨むような色に、かすかに胸が痛む。どうしてそんな顔をするのだろうか。けれど、彼の記憶と心に土足で踏み込むような真似を、ジタンは自分に許すことができなかった。
 だから、わざとらしいほどに明るい声を出す。
「おまえにもあるんじゃねえの? 大切なものがさ」
「大切なもの、か」
「なんかあるだろ、聞きてえなー、フリオニールのお宝話」
 その顔を覗き込むようにして、にひひ、と笑ってやれば、まだ考え込むような顔をしていた彼も表情を緩めた。
「と言ったってな、俺にはそんなに……」
「あ、大切な夢の話はもういいからな、この間聞いたし」
「なんだ、失礼だな」
「フリオニール、まだ若いんだからおんなじ話ばっかりすんなよ。オッサンじみて見えるぜ」
「うるさい」
 拗ねたようにそう言う姿は、ジタンとそう歳の離れていない青年らしくていい。
「大切なもの、か……」
 何かを探すようにフリオニールが視線を彷徨わせる。そして、ふっと和らいだ。
「俺にもあるな。確かに」
「おっ、いいねいいねえ。ジタン様にだけこっそり教えてくれよ」
 目の前のお宝のことはとりあえず後回しにして、身を乗り出す。
「仲間、ってのはナシだぜ」
「はは、厳しいな」
 フリオニールは苦笑している。人差し指で頰を掻いて、なかなか話し出そうとしないことに焦れたジタンは、尋問を始めることにした。
 別に、本気で聞き出そうというつもりではない。この真面目なところの抜けないカタブツにとって大切なものがあるなら、それがどんなものか知ってみたくなったというだけだ。
「はいかいいえで答えてくれよ、それはモノじゃなくてヒトである」
「はい、だな」
「よーし。それはいつも身近にいるひとである」
「うーん、はい、だけどいいえでもあるな」
「なんだよそれ、難しいな……今は一緒にいないってことか?」
「今は、なら、はいだな」
「あ、じゃあ俺じゃねえってわけね」
「残念ながらな。気を悪くしたか?」
「がっかりだわよ」
 おどけた返事に声を上げて笑う。その背後から駆け寄ってくる姿に、ジタンは一足先に気づいた。
「たっだいまーっす!」
「よっ、ティーダおかえり」
 ぶんぶんと手を振りながら、ふたりのもとに真っ直ぐに走ってくる。その姿がいやにキラキラして見えて、ジタンは目を瞬かせた。
「とりゃっ」
「うおっ」
 数メートル手前で勢いよく踏み切ったティーダが、振り向きかけていたフリオニールの首っ玉に飛びついた。びくりともせず受け止めるのはさすがだ。
「びしょ濡れじゃないか」
 フリオニールが言う通り、ティーダは全身に水を纏わせたままだった。いつもはつんつんと立っている髪も、今は柔らかそうにへたれている。なるほど、妙に輝いて見えたのは水滴のせいだったかとジタンは胸を撫で下ろした。自然にキラキラして見えるなんて、女の子だけで充分だ。
「洗濯のついでに泳いできたっす」
「服を着たままでか。俺まで濡れるだろう」
「すぐ乾くって、かてーこと言うなよな」
 眉根を寄せたフリオニールは、文句を言いながらもティーダをしがみつかせたままだ。その頭の上でけらけらと笑う少年は、先ほどまでのジタンに負けず劣らず上機嫌で、見ているこちらも思わず笑い出してしまう。
「いっつも楽しそうでいいよな、ティーダは」
「あっ、能天気だって言いてえんだろ」
「そうじゃあねえよ、褒めてんの。おまえがいると明るくなるから大したもんだなって」
 そっかな、とはにかんで鼻の頭を掻くティーダは、髪から雫を飛ばしてやっぱり煌めいている。太陽の子、光に愛された子供、そんな言葉が脳裏に浮かんで、こりゃ少しばかり陳腐すぎるかなと内心苦笑した。
 ジタンのそれとは違う、もっと黄色みの強い金髪は強そうに見えて実際は柔らかいようだ。ガラス玉のような瞳は凪の海から汲み上げたような青、日に焼けた健康的な小麦色の肌によく映える。つんと生意気そうな鼻に、大きく開いてよく食べよく話しよく笑う口。しなやかで柔軟な筋肉を纏う身体は、ジタンに負けず劣らず軽やかに戦場を駆け回る。
「……なーんかさ、おまえらって、いいよな」
 唐突なジタンの言葉に、じゃれ合うままの二人が揃って首を傾げる。その向きもフリオニールが右、ティーダが左でぴったりだ。
「全然違うのに、上手いこと噛み合ってるっていうの?」
「そっかな」
「そうか?」
「うん、お似合いだぜ」
 えへへ、と笑うふたりを置いて、ジタンは立ち上がった。お宝の詰まった袋を手に、それじゃまた夕飯の時にな、と歩き出す。
 割り当てられたテントに向かいながら、ちらりと背後を振り返った。やっと地面に降りたティーダが、身振り手振りで何かを話している。それを見上げるフリオニールの横顔。
「……バレバレだぜ、おにーさん」
 届かないはずのジタンの声に応じたように、フリオニールの眦が甘く溶けた。