V. そして、その指で。



1.

 秩序の聖域を目指して帰路に就く。早く他の仲間たちに合流してコスモスのもとに戻らなくては、と逸る気持ちもありながら、四人の旅は表面上は明るかった。クラウドによればティナもオニオンもクリスタルを手に入れたそうだし、バッツたちも問題はないだろう。ウォルのことを疑うものは一人もいなかった。輝かしい光の戦士、誰よりも調和の神の力にふさわしい彼が、目的を果たせぬことなど考えられない。
 それでも、一度来た道を戻るだけのはずだった聖域への道のりは容易ではなかった。ひとつにはイミテーションどもの攻勢が激化したことがある。不出来な模造品だったはずの人形たちは、ティーダたちの成長を追うように練度を上げていた。単体で出現することも少なくなり、解放しそびれていたひずみの中で取り囲まれることも度々だ。闘いと野営に慣れたはずのセシルやクラウドでさえ、蓄積してゆく疲労をごまかせなくなっている。もともとは一介のスポーツ選手、しかも水中競技しか知らないティーダなどはなおさらだった。
「うー、ちょっと休憩したいっす……」
 と声を上げたティーダを三人が振り返る。先ほど休憩してからまださほど進んではいない。どうした、と尋ねるクラウドに、ティーダは眉尻を下げた情けない笑顔を向けるしかなかった。
「ちょっと足が変な感じして」
「見せてみろ」
 セシルの隣を歩いていたフリオニールが、座り込んだティーダの前に跪く。促されるまま丈の長い靴を脱ぐと、足首に腫れが出ていた。
「捻ったか?」
「そうかも、さっきの戦闘で」
 手甲をつけたままのフリオニールの手が遠慮がちに足首に触れる。闘うことに集中していたので記憶があやふやだが、おかしな仕方で着地してしまったのかもしれない。指が冷たく感じるのだから、かなりの熱を持っているようだった。
「ケアルかけて欲しいっす」
「ティーダ、捻挫はケアルじゃ治らないよ」
「えっ」
 前も言っただろう、とセシルが呆れた声を出す。そういえば、ケアルは傷を塞ぐことはできても病気や神経の傷みを治すことはできない、と聞いたことがあったかもしれない。がっかりして傍らのフリオニールを見上げると、彼も困り顔で湿布の類は持ち合わせがなくなってしまったと言う。煎じて飲むような薬とは違い、外用のものは準備に時間と手間がかかるのでなかなか用意できないのだ。
「冷やして安静にするしかないな」
「でも、今日もうちょっと進みたいっすよね」
「フリオニールかクラウドに担いでもらう?」
「できないことはないが……」
 ティーダは慌てて首を横に振った。そんなことになれば文字通りお荷物だ。クリスタルを手に入れて以来、三人には心配をかけ通しだというのに、これ以上負担をかけるのはごめんだった。
「大丈夫っす、もうちょっとだけゆっくり歩いてもらえれば」
「駄目だ。イミテーションの軍団に囲まれたらどうする」
 にべもなく却下したのはクラウドだ。確かに、いざ戦闘となれば自分の身は自分で守るしかない。逃げ回るにしろ攻めるにせよ、ティーダの長所である機動力が発揮できないとなると戦闘は極力避けたかった。
 しょんぼりと肩を落とすティーダを見て、フリオニールが小さく笑う。仕方ないだろう、と無言のうちに窘めるような視線は、いつかティーダが胸に蟠るものを明かしてくれるまで待つと言ったあの時の目に似ていた。
「こうすると痛むか?」
「そっちは大丈夫っす、逆は痛い」
「こっちは?」
「それも大丈夫」
 慎重な手つきでティーダの足首を回したり伸ばしたりしていたフリオニールは、なるほどなと頷いた。
「一晩、大人しくしていたら回復しそうだな」
「すごいっすねフリオ、医者みてえ」
「まさか。なんとなくだ、保証はしないぞ」
 それじゃ、とセシルが手をひとつ打った。
「今日はここで休もう。フリオニール、食糧はまだあったね?」
「ああ、昨日狩った鹿の肉もあるしな。この辺りなら少し歩けば果物も穫れそうだ」
「よろしい。クラウド、体力は余ってるよね」
「まあな、ティーダの分くらいは動ける」
「いやっ、おれだってテントくらい」
「怪我人は黙りなさい。フリオニールは追加の食糧採取と食事の準備、クラウドは水汲み、ティーダは荷物番、僕はティーダの見張りとテントの組み立てだね。では行動開始」
 腰を浮かしかけたティーダの首根っこを、聞かん気な猫でも捕まえるように鷲掴みにしたセシルの号令に従って、クラウドとフリオニールは散っていった。それぞれの荷物がティーダの足元に積み上げられる。本当に荷物番だけさせられそうだ。
「セシル、テント張るならふたりの方が早いっすよ」
「きみ、フリオニールの言ってたこと聞いてなかったのかい? 安静の意味、分かってるかな?」
 うっ、と言葉に詰まるティーダを芝居がかった流し目で睨みつけたセシルは、たっぷり数秒ののちにふわりと表情を和らげた。
「きみの仕事は安静にすることだよ、ティーダ。明日また一緒に歩けるようにね」
「……うん」
「誰もきみのことを迷惑に思ったりなんかしてない、分かるだろう?」
「うん」
「結局ね、僕らはきみの面倒を見たくて仕方ないのさ」
「うん?」
 どういう意味だろう。今となっては侮られているなどと曲解したりはしないが、ティーダは首を傾げる。
「少しくらい甘えてくれていいんだよ、と言ったら気を悪くするかな? 少しくらい甘やかされてくれよ」
 僕らはそれが嬉しいんだから。そう言い残したセシルが折りたたんだテントを手に地面を均すのを眺めながら、ティーダはくすぐったい気分で雑草を引っこ抜いた。とはいえ、じっと座ってぼんやりしているのは性に合わない。いつもの癖で上体を揺らしてリズムを取りながら、頭に浮かんでくることはひとつだけだった。
 ——俺は、おまえを待つ。いつだって。
 あのとき、天幕の薄闇に紛れてフリオニールを貪った後、彼はそう言っていた。何故そんなことをしたのかと問い詰める言葉を呑み込んで、その内側に隠された葛藤やひょっとしたら嫌悪さえも漏らすことなく、ティーダに笑いかけすらした。何故、と訊きたいのはこちらも同じだった。
(なんで、何も訊かないんだよ)
(なんで、おれを許したんだよ)
(なんで、待つなんて言えるんだよ)
 考えれば考えるほど分からなくなる。そもそも、慰め合いの発端となった出来事とその後の顛末さえ混乱していた。どうしてあの時、フリオニールはティーダを責めたり拒絶したりしなかったのだろう。笑い話にしてごまかすどころか、二度目を用意するようなことさえ言って。そういえば二度目を誘ったのはどちらの方だったか、フリオニールだったかもしれないし、ティーダだったかもしれない。そこだけが霞がかって曖昧だった。
 無意識に動かした足首に鈍い痛みが走る。クラウドが拳大の氷塊を作って砕いておいてくれたのを思い出して、適当な布で包んで患部に宛がった。じいんと痺れるように熱が引いてゆく。氷の冷たさに、さっきそこに触れていたフリオニールの指を想う。何でもない顔をして、ただ仲間の変調を案ずるような調子で、見せてみろ、なんて言われたから、この肌に彼が触れたのはあの天幕以来だということに気づいたのはその指が離れてからだった。
 気道がちりちりと焦がされるように感情が燻る。早く秩序の聖域に辿り着いて、カオスを倒しに行きたかった。そうすればすべてが終わってしまう、束の間の寄り道にも似たこの世界ともお別れだと分かってはいても、ティーダはそう願わずにはいられない。
 押し殺した秘密、これだけはフリオニールとも分かち合えない隠しごとが喉の奥に詰まって息もできなくなりそうだった。フリオニールに縋りついて何もかも洗いざらい吐き出してしまいそうになる衝動を、抑え込むのが夜ごとに難しくなってゆくことに気付いている。そうすることで彼の消えない傷痕になってしまうくらいなら、今すぐに海の藻屑にでもなりたかった。 帰る場所もなく、役割を果たせば消えるしかないという事実を隠し通そうと苦しむ自分は、犯した罪に耐えかねて自白寸前の犯罪者のようだった。
 不意に強い風が吹き、舞い上がる天幕の端をセシルが危なげなく捕らえる。騎士というには少しばかり優しすぎる、けれどこの四人の中で最も芯の強い男がティーダを振り返って微笑んだ。
「退屈だろう?」
「分かってんならちょっとくらい手伝わせて欲しいっす。この辺にかまど作っていい?」
「そこから一歩も動かずにできるなら、助かるな」
「無茶言うなよな」
 手の届く範囲にある大きめの石を寄せ集める。足りない分は後でセシルに頼んで運んでもらうしかない。積み上げた石の隙間を埋めるための粘土を掘り返していると、まるで砂場遊びで時間を潰す子供の頃に戻ったようで、なんだか肩の力が抜けてしまった。
「あのさあセシル」
「なんだい?」
「セシルって、夢覚えてるほう?」
 唐突といえば唐突、退屈しのぎといえば実にそれらしいティーダの質問に、セシルは楔を打ち込みながら考えるそぶりを見せた。また吹き寄せる風に、その銀髪がそよぐ。フリオニールの髪が金属なら、彼の髪は夜の海辺の砂のように柔らかく繊細だ。こんなことでさえ、あの男の姿を思い起こしてしまう、それがまさしく恋に浮かされる愚かさだと気づく。
「他の人のことは分からないけど、結構覚えてるんじゃないかな」
「どんな夢見るんすか」
「うーん、支離滅裂なのが多いかな。装備を整えて、部下を引き連れて、さあ出陣だ、って思った瞬間に何故か風呂に入ってたり」
「はは、ほんとめちゃくちゃっすね」
「だろう? あんまり訳が分からないから却って忘れられないのかもしれないね」
 そういうティーダはどうなんだい、と訊き返されて、曖昧に笑う。ティーダは夢を見なかった、少なくとも眠っている間に起こる脳の情報処理の副産物を記憶していたことはない。そもそもが祈り子の夢が生んだ影のようなものなのだ、夢が夢を見ることがあるとは思えなかった。
「おれ、ぜんぜん覚えてない」
「そうか、ある意味健全なのかもしれないね」
「ある意味って、どーゆー意味っすか」
「細かいことを気にする男は嫌われるよ」
 くすくすと笑うセシルが、テントを張り終えた。水汲みに行ったクラウドが戻ってきたのだろう、遠くに向かって片手を振る。
「やっぱ、楽しい夢とか見たら嬉しいっすよね」
「うーん、そうでもないかな。僕のいた世界では、悪い夢の方が吉兆だと言われていたから」
 夢は何かを暗示していて、お告げのようにこれから起こることを教えてくれる。ただし見た通りに解釈するのは間違いで、夢魔はひねくれものだから、必ず逆夢を見せるのだそうだ。
「ふーん……」
「だから例えば、自分が死ぬ夢はいい夢なんだよ。一度死んで生まれ変わるくらい、前向きな変化があるということなんだ」
 そうやって読み替えることで、悪夢の後味を上書きしようとしたんだろうね。そう話すセシルの鎧に反射する陽光に目を細めながら、それなら自分が夢を見ないのも当たり前だ、とティーダは思う。今この世界における物語が終われば、その次などないのだから。
 いつか終わる夢、それが自分だ。その「いつか」はゆっくりと、でも確実に近づいている。元の世界に戻れば家族や仲間のいるセシルたちと自分は違う。彼らの道はカオスとの戦いの向こうに続いているのに、ティーダのためのものはどこにもなかった。
 足首の腫れに宛がっていた氷が溶け出している。さっきまであれだけ確かな形と質量を持っていたのに、指をすり抜けて地面を濡らし、消えてしまう。自分の行く末を仄めかすような水の変化に、けれどティーダは自身を完全に重ね合わせることができなかった。この胸を焦がす感情と肚の底で蠢く欲望が、ティーダという水を濁らせる不純物だった。
 ——おれは、誰の夢なんだろう。
 かつてスピラを歩いていた自分は、失われたザナルカンドの誰かが見た夢だった。では、今ここにいる自分は? いったい誰が「ティーダ」の夢を見ているのか。コスモスだろうか、とも思ったが、あまりしっくりくる答えではなかった。そうして、誰かが夢に見てくれるなら、自分が存在できるのかもしれない、という仮定にたどり着く。
 フリオニールは自分の夢を見てくれるだろうか。けれどティーダは鼻を小さく鳴らして、その考えを放棄した。諦めの悪いことといったらない、未練がましい希望を彼に押し付けることはしないと決めたはずだった。



2.

 思うように身動きの取れないストレスからか、それとももともと蓄積していた疲労のせいか、その夜ティーダは夜の帳が下りると共に眠りに引きずり込まれた。見張りを交代する時間になったら起こしてくれと言いながら、その順番がいつ回ってくるのかも覚えていない。毛布をかろうじて引き上げて、そのしばらく後にテントに入ってきたはずの仲間たちの気配にさえ気づかなかった。
  ——夢は、見ないはずだった。昼間その話をしたばかりだ。けれど真夜中、ティーダを叩き起こしたのは紛うかたなき夢、それも、とびっきりの悪夢だった。
 時空の歪みに世界が押し潰される。紫衣を纏った少年が真実を告げる。崩壊したスタジアムに立つ大きな背中、自分と同じように彼もまた夢まぼろしのはずなのに、確かにこの手に残る肉を切り裂き骨を砕く感触。呼び声はもう届かない、すべてが水の底に沈んでいくように遠い。そして最期の瞬間、渾身の力で刃を突き立てるティーダを、あの深紅の瞳が見つめた——無力な言葉には預けられない想いを溢れさせて。だいっきらいだ、こんなに震える声は本当に自分のものなのか。貫いた身体、それはすでに「究極召喚」ではなく、ブリッツスタジアムの中心に幾度となく君臨してきた王の、すなわちティーダの父親の姿をしていた。
 自分の喉が引き攣れた悲鳴を上げかけたのに気づいて、ティーダは目を見開く。闇に慣れない眼は世界のかたちを捉え損ねて、まるでテントの天井に向かって落ちてゆくような錯覚に襲われた。ブリッツプールの中で激しい攻防を繰り返したフルセットの後のように息が荒い。背中をぐっしょりと濡らす冷たい汗が酷く不快だった。
(……ゆめ、)
 のろのろと上体を起こす。跳ね除けた毛布をそのままに、細かく震える手を握った。セシルやフリオニールほど夜目の利かないティーダは、タールのように稠密な闇に相対する。肩甲骨を這う汗の軌道を追いながら、唇を強く噛み締めた。ひどく喉が渇いていた。
 隣に眠っているのはセシルだった。ティーダが目を覚ましたことに気づいたか、あるいは起こしてしまったのか、わずかに身じろいで、どうしたの、と囁く。毛布の端から覗く菫色の瞳が灯りひとつないテントの中で濡れたような光を放ち、薄い瞼の下で気遣わしげだった。ごめん大丈夫、ちょっと外の空気吸ってくるな、と囁き返せば、それでも数秒の間はティーダを見つめていたセシルも、気をつけなさい、と言い残して眠りの世界に戻ってゆく。その向こうに横たわるのはクラウドで、彼がぴくりとも反応しないことに安堵を覚えた。
 天幕の入り口から這い出す。涼しい、と肌寒い、の境界線を彷徨う夜の空気が気道から肺へと流れ込み、寝汗のへばりつく背筋に震えが走った。遠くで夜行性の鳥の鳴き声がする。足首の痛みはすっかり退いていた。踏み締めた靴の下に草の葉の擦れ合う感触があった。
 歩数にして十歩分、離れたところに火場がある。炎にくべられた木の枝がぱちりと音を立てて爆ぜ、不規則なリズムで揺れる埋み火が暖かな丹色の光を放散していた。その傍らに腰を下ろす影はひとつ、猫背気味に本のページをめくっているのはフリオニールだった。火の番がひとりなのは珍しい。
「……ティーダか?」
 彼は顔を上げて、小声で名前を呼んだ。読みさしだろうに閉じた本の表紙はティーダにも見覚えのある魔法書で、自分は魔法をなかなか使いこなせていないからこういうものが必要なんだ、とはにかんでいたことを思い出した。こんなささやかな灯りでは目を悪くすると言っても、大丈夫だと笑っていたその横顔を見たのは、いつのことだっただろうか。
「どうした? 足が痛むのか?」
「いや……ちょっと、」
 光に引き寄せられる羽虫のようにふらふらと足を動かすティーダに、フリオニールが首を傾げる。炎を映して代赭色に輝く瞳を収めた眦は緩い角度に解け、彼を頑固そうに見せている唇は薄く開いてもの言いたげだった。風のない夜。木立の枝葉のざわめきさえ聞こえなかった。
 三歩分の距離を残して、ティーダは立ち尽くす。火に近い方の半身にほのかな温もりを感じながら、舞う火の粉にまた引きずり起こされる記憶があった。立ち昇っては自重に耐えかねて崩れ落ち、襲い来る波濤のようにすべてを呑み込む重く疾く昏く貪欲な破壊の舌先。海馬をじりじりと焦されるように頭が痛み始める。
「……ティーダ?」
 自分を呼ぶ声はいつもと変わらなかった。少し丸めた背の稜線さえ、目を瞑っていても辿ることができる。何も言わず、竦んだ足に縫い止められたティーダを見る瞳が困惑したように色を濃くした。
 おかしいのは自分だけだった。言葉が喉につかえて出てこない。セシルには取り繕ってでも返事ができたのに、フリオニール、と呼び返すことさえできない。石塊が詰まって塞がれたような喉を押さえる。ほら、ちゃんとしろ、大丈夫だって言え。あまり早く寝たから目が覚めてしまったんだと、そう言って見張りを代わるとでも笑えばいい。分かっている、けれど駄目だった。てんで役立たずの声帯は麻痺してしまって、ひくりとも震えてはくれなかった。
 また炎が揺れる。悪夢がフラッシュバックする。あの耳鳴りが鼓膜を硬直させる、反響し合い不協和音を奏でる祈りの唄。焔に沈むアルベドのホーム、時が止まったようなマカラーニャの泉、吐く息すら凍りついてさやかな音を鳴らすガガゼトの頂、朽ち果てたザナルカンド。螺旋の終わりを待ち焦がれる絶対の災厄の巨躯を貫いて辿り着いた夢の終わり。
(ああ、駄目だ。しっかりしろ。言っちゃ駄目だ)
 永久に続く微睡みのような夕暮れ。触れられなかった少女の細い肩、また会えるよね、と涙に上ずる声に応える術を持たぬまま、ティーダは駆け出した、あの飛空艇の甲板から。すべてが弾けるうたかたとなって空に溶けてゆく、そのひとかけらとなったティーダがこの世界で目を覚ましたのは、いったい誰の夢のせいなのだろうか。
 ——キミは夢を見てるんじゃない
 ——キミが夢なんだ
(夢でもなんでもいいよ、おれを……消すな)
 紫衣の少年――バハムートの祈り子の言葉が甦る。消えたくなかった。夢を終わらせる夢になるなんて、まっぴらだった。勝手に生み出しておいて、勝手に使命を負わされて、目的が果たされればそれでおしまいだなんて、考えたくもなかった。それを、今、ここで、もう一度。
 ひぃ、と奇妙な音がして、それが自分のひきつけを起こした喉から出たのだとティーダは気づく。両肩ががくりと震える、筋肉は強張っているのに膝が折れる。砂地に倒れ込む身体を、咄嗟に立ち上がったフリオニールの腕が受け止めた、その手を払い除けることはもうできなかった。
「……おれ、」
 高く厚く固めたはずの堡塁に、小さな小さなヒビが入る。じわりと滲み出した水のひとしずくは細く流れ出し、押し留めようとする掌の無力さを嘲笑うように勢いを増してゆく。
「おれ、さ、ヒトじゃ、ないんだ」
 俯いた視界は小石の転がる砂地、焚火が濃い陰影をたなびかせる。フリオニールの手が痙攣するように震え、ティーダの肩を強く掴んだ。言葉は止まらない。ひた隠しにして連れて逝くはずだったすべてが、月のない星空の下に露呈する。
「おれは誰かの見た夢で、だから、ほんとは、もうここにいちゃいけなくて」
 ティーダが自らの足元から伸びる影の中に封じ込めてきた秘密は、ついに溢れ出した。ジェクトと闘いクリスタルを手に入れたあの瞬間から幾度となく重ねてきた決意が、朽ちて風化した骨のように崩れてゆく。
 己が古のザナルカンドの誰かの見た夢の産物であるということ。今まで話してきた「ザナルカンド」はどこにも存在しないこと。『シン』を討ち果たし死の螺旋を断ち切るために闘ったこと。その目的はついに果たされ、長い夢見から祈り子たちが解放されたことで、「ティーダ」もまた消えなくてはならなかったということ。
 しゃくり上げるように続く告白を、フリオニールは息さえ詰めて聴いているようだった。今にも崩れ落ちそうなティーダの身体を支える掌から伝わる体温は、ティーダが言葉を繋ぐたびに少しずつ冷えてゆく。そのグラデーションが、まるで飛空艇の甲板で自分の身体が徐々に実体を失っていったさまのようで、ティーダは一度も顔を上げることが出来なかった。
「——だから、おれ、どこにも帰れないんだ」
 夢のザナルカンドは消えてしまった。スピラにももう居場所はない。宙に踊り出し、光の粒子となって消えてゆくはずだったティーダを気紛れに救い上げたこの世界さえ、終の住処にはなり得ない。
「どこにも、行けないんだよ……」
 フリオニールは何も言わない。あまりに荒唐無稽な話だから、悪夢に魘されて混乱したままなのだと思われているのかもしれない。どう宥めようかと考えているのだろうか。秘密が決壊してしまった今となっては、知られてしまうことよりも信じてもらえないことの方が、そしてそれと同じくらい、受け容れられることが、恐ろしかった。
 沈黙が落ちる。速度を上げた呼吸が五回分、不規則な瞬きが三回分。耐えかねたティーダがついに顔を上げようとした、その瞬間だった。
「……っ、」
 強く引き寄せられて、頬に硬い鋼が触れる。金属が擦れ合う音、掴まれていた肩は解放されて、代わりに汗に冷え切った背中を包み込む暖かさ——フリオニールに抱き締められているのだ、と気づくまで、もう二回分の瞬きが必要だった。
「ティーダ」
「ふ、り」
「ティーダ」
「ふりおに、る、」
「……ここにいろ」
 ここにいろ。おまえはここにいていいんだ。ティーダ。俺がいる。だから大丈夫だ。泣きたいなら泣いていい、叫びたければ叫べばいい、俺は、おまえのそばにいる。ここにいるおまえの隣にいる。
 思えば、そう繰り返すフリオニールの声も必死だった。昼間よりも低く響く声、ここにいろ、と何度も打ち込まれる楔のような懇願に導かれるように、涙腺から湧き上がるものがティーダの瞳を、頬を濡らしてゆく。泣いていた。赦しに縋るように、声も上げずに、壊れた蛇口のように涙は留まるところを知らない。そんな泣き方をしたのは初めてだった。
 いつまでも転がり落ち続ける涙が煩わしく、手の甲で擦ろうとしたのを優しく制止される。駄々を捏ねるように身を捩っても抱擁の拘束が緩むことはない。後頭部の髪を掬い上げるような手の動きに促されて顔を上げ、これまでにないほど間近に熾火の褐色を見た。
(ああ、)
 唇が重なる。互いに目を見開いたまま、乾いて少し荒れたそれがティーダを柔らかく食んだ。するりと甘くめくられる。忍び込んできた舌に抗おうという気には、まるでならなかった。熱くぬめるものが歯列をなぞり、舌を絡め取る。近すぎてぼやけるはずの金の双眸、明けの明星のように燃える琥珀から目を離せなかった。
 ——この眼を見たことがある。飛び立つために翼を広げる鳥を鮮やかに射抜く、その矢を放つ瞬間の眼だ。
 ちゅく、と淫靡な音とともに唇が離れる。あっという間に冷める温もりを追って、今度はティーダからくちづけた。寒いのはもう嫌だった。いつばらばらに散ってしまうかも分からないこの身体を繫ぎ止める方法がそれしかないような気がして、溺れるように貪った。あんな後ろめたいことを繰り返しておきながら、彼とキスをするのは初めてだった。

 そっと肩を掴まれて、重ねていた唇を離す。涙の塩辛さが唾液に希釈されるほどに長い接吻に、呼吸を荒げているのはフリオニールも同じだった。言葉を取り戻せずに寄り添って呼吸を繰り返す。その隙間に、はは、と乾いた笑いを漏らしたのはティーダだった。
「……はは、は、ははは」
「ティーダ」
「ごめ、ごめんな」
 咳き込むような笑いが虚ろに響く。自分は何を謝っているのだろう。涙の跡の残る頬をわざと乱暴に拳で拭いながら、ティーダは一歩退いた。遠ざかる体温に縋りつきそうになるのを堪える。ぱちん、と思い出したかのように焚火が弾けた。
 忘れてくれ、と喉元まで上がっていた言葉はついに音にならなかった。フリオニールがあまりに真っ直ぐにティーダを見つめているから、その瞳には憐れみも哀しみも痛ましさもなく、ただ何かを待つような静けさだけが閉じ込められていたから。
 ああ、だから打ち明けたくなかったのだ。予想していた通りだ、彼は真実を真正面から受け止めている。疑うこともごまかすことも、ましてや見て見ぬふりなどは決してなく、ティーダの告白を躊躇いなく呑み込んでしまった。あるいははじめからそうと知っていたかのように、フリオニールは従容としている。
 ティーダ、とこの数分間でいったい何度呼ばれたことだろう。何回、何十回の集積に連なるもう一度が、どうしようもなく尊い響きで余韻を残す。救われるかもしれない、と錯覚したくなるほどに。
 その錯覚に怖気づいて、ティーダはもう一歩退がる。靴底に擦れた小石が軋む。今、一陣の風が吹いたならティーダは一目散に駆け出していたはずだ。けれどこの夜はあまりに静謐で、ティーダにゴーサインを出してくれるものはどこにもなかった。ティーダの秘密を受け容れたフリオニールを受け容れることができるのか、まるで分からなかった。目の前の男のことを、おそろしい、と思うのは初めて顔を合わせた時以来だ。
「ティーダ」
 フリオニールが手を伸ばす。手甲に包まれたままの、大きな手。薬指と小指に嵌った古めかしい指輪が、焚火の灯りを受けて鈍く輝く。その指先がティーダの頬に触れる。触れてしまう。ごつごつとした、胼胝やささくれに覆われた指は信じられないほどの優しさと繊細さでもって、ティーダの跳ねた毛先を梳いた。その手つきは、まるで。
「やめ、ろよ」
「何故だ」
 弱々しい拒絶に、フリオニールは小さく笑いすらした。何故、と問いながら、半歩足を踏み出す。彼我の距離は腕一本分だ。逃げられない、彼の腕が柔らかな牢獄となってティーダを閉じ込める。
「だめだ」
 その言葉は、ティーダ自身に向かっていた。明かすことを固く禁じたはずの秘密はふたつ、ひとつはもう彼に届いてしまって、今さらなかったことにはできない。だからこそ、もうひとつ——この恋情だけは、隠しきらなくてはいけなかった。それなのに、フリオニールの指が触れる。触れられたところから溶かされてゆく。頤から首筋を硬い掌が包み込む。あたたかい、やさしい、けれど焦がされる、煽られる、そんな手だ。これまでティーダを支え、励まし、叱り飛ばし、背を押し、未知の快感を与えてくれた手だ。ふたつめの城壁が、陥ちる。
「……すき、だ」
「……」
「おれ、フリオニールが好きだ」
 好き、というあまりに大きな感情を内包する言葉の意味を、フリオニールは正確に捉えたようだった。ゆっくりと繰り返されていた呼吸が、その瞬間止まる。手は離れなかった。節の立った人差し指が、また湧き出てきたティーダの涙をそっと掬い上げる。
「ごめんな、こんなこと、困るよな。どうせ消えんのに、そんな奴に言われても」
 血を吐くように、とはこういうことを言うのだろうか。胃の底が炙られるように熱い、なのに氷水を血管に流し込まれたように寒気が走る。歯の根が合わずに耳障りな音を立てた。
「ずっと一緒になんかいられないって分かってる、おれは消えなきゃいけないって分かってる、けど、」
「ティーダ」
 声と同時にフリオニールの香りに包まれた。金属の冷えた匂い、それから乾いた砂のような、日向の香り。また抱き締められたのだ、と気づくまで数瞬かかった。
「俺もだ」
「……え、」
「俺も、おまえのことが好きだ、ティーダ」
 耳元で声がする、誰のものよりも聴き慣れた声が紡ぐ意味を捉え損ねてティーダは言葉を失った。今、彼は何と言った?
「……何とか言ってくれ」
「だって、」
「聞こえなかったか? それとも信じてくれないのか」
 好きだ、あまり何回も言わせないでくれ、と続く含羞を孕んだ響きは、どこか愉快そうな調子すら漂わせていた。ああ、もしかしたらまだ夢を見ているのだろうか。とびきり意地悪な夢魔が、ティーダを弄ぶためにこんな都合のいい夢を見せているのかもしれない。初めて見た夢がこれだなんて、悪趣味もいいところだ。どうすればこの夢から覚めるのだろう。
「おまえ、やっぱり信じていないだろう」
「……だって」
「さっきからそればっかりだ」
「だって!」
 身を捩りかけたティーダを制するように、フリオニールが両腕に力をこめた。痛みさえ覚えるほどの強いいましめに、ティーダはますます惑乱する。どうして目が覚めないのだろう、痛くすれば眠りから醒めるはずではなかったか。
「俺だって考えたさ。この戦いが終わればもう二度と会えないかもしれない、それなら哀しいだけじゃないかと」
 だから、とフリオニールは続ける。今にも崩れ落ちそうなティーダの身体を、抱擁で支えながら。
「だから、隠し通すつもりでいた。最後まで何も言わなければ、おまえは俺の相棒でいてくれるだろう。——でも」
「……フリオニール」
「言わせてしまったな、すまない……いや、こういう時はありがとう、か」
 フリオニールは饒舌だった。その手はティーダのかたちを確かめるように、髪を梳き首を温め、肩の骨格を辿って背中へと降りてゆく。掌と指が触れたところから溶け出しそうなのに、その力強い体温がいつ解け散るかも分からない身体の輪郭を固めてくれるようで、ティーダは目の奥が熱く痺れ始めるのを感じていた。
 クリスタルを手に入れて、記憶を取り戻してからずっと、ティーダは独りで消失に怯えていた。クラウドが、セシルが、フリオニールが一緒にいてくれたけれど、ふとした瞬間に自分がかたちを失い飛び立つ幻光虫になってしまうのではないかという疑念に駆られ続けていた。深い夜の底で、己の肩を抱いて何度凍りついてきたことだろう。ようやく迎えた朝の光さえも、ティーダには自分を呑み込む暴力的な脅迫でしかなかった。ふとした瞬間に末端から透け始めるかもしれない、その実在の頼りなさに囚われていつしか隊列の最後尾ばかりを選ぶようになっていた。消え始めるさまを仲間たちに見られるわけにはいかなかったから。
 身体のどこかが痛みを訴えても、左胸に手を当てて鼓動を探っても、ティーダは確信できなかった。本当は誰かに確かめて欲しかった、誰かに——それは、誰でもいいわけではなかったのだ、とフリオニールの掌に気づかされる。
 ずっとこれが欲しかった。フリオニール、誰よりも長く旅路を共にして、今となっては児戯に等しいほど些細で愛おしい秘密を分かち合った、このひとに教えて欲しかった。ティーダはここにいるのだと、確かに存在しているのだと、滲んで溶けそうな輪郭線を引き直して欲しかった。
 ティーダが渇望していたものを難なく与えてくれた男が言う。
「俺はできない約束はしたくない」
「……うん」
「だが、自分の気持ちをなかったことにもできない」
「うん」
 ああ、このひとはどこまでも真摯なのだ。嘘いつわりも、おためごかしも自分には許さない。そのいっそ傲慢なまでの愚直さでもって、彼は今、ティーダに手を伸ばす。
「一緒にいよう。すべて終わるまで、この世界のどこでも」
 留保つきの誓約は、そこで終わりはしなかった。重なった胸からフリオニールの鼓動が伝わってくる。ティーダのそれよりゆっくりと、力強く響くリズムに導かれるように深く息を吸って、彼の言葉の続きを待つ。
「その先まで一緒に行けなくても、俺がおまえの夢を見るよ」
 おまえが夢だっていうなら、この夢の続きを俺が見よう。何度でも。だから。
「だから、ずっと一緒だ、ティーダ」
 返事はできなかった。やさしく動く指の命じるままに顔を上げたティーダの唇は、塞がれてしまったから。
 暁闇を裂いて、一条の光が真っ直ぐに伸びるのを、閉じた瞼の下に感じていた。夜が明ける。悪い夢は、もう見ない。



3.

 涙でぐしゃぐしゃになった顔をフリオニールに甲斐甲斐しく拭われて、ふたりで朝食の用意をする。ふとした拍子に目が合うと、揃ってへにゃりと気の抜けた笑いを浮かべるのがくすぐったい。寝不足や泣きすぎで頭がぼんやりするが、気持ちはこの上なく満たされていた。
「……なあ、フリオニール」
「ん?」
「あのさ、」
 唇を舐めて言い淀むティーダを、手早く捏ねたパン生地を伸ばしながらフリオニールが見つめている。そのまなざしはいつもと同じようで、それでも隠しきれない甘さが底にある。
「そのー……やっぱ、ヒミツ、だよな?」
「ああ、そうだな……」
「——いやあ、今さらでしょ?」
「バレてないと本気で思ってたのか?」
「っええ!」
 聞き覚えのある声が割り込む。おはよう、と揃ってテントから顔を出したのはセシルとクラウドだが、そんなことよりふたりは何と言った? 今さら、バレていないとでも思っていたのか、だと?
 あわあわと腕を振り回すティーダと中腰で固まるフリオニールの前に揃って立った美貌の騎士と男前の兵士は、やれやれと芝居掛かった仕草で肩を竦めた。
「なんだかふたりでこそこそしてるな、とは思ってたよね、前々から」
「まあ、菓子を隠れて食べるくらいは可愛かったがな」
「僕らがちょっと離れた隙に、ずいぶん進展したと思ったんだけど」
「まさかまだくっついてなかったとはな」
「順番は守ったほうがいいよ?」
 今後は気をつけなね? と優雅に首を傾げて笑うセシル。男同士でも万一のことがあるからな、と小さな包みをフリオニールのポケットに突っ込むクラウド。いや、万一ってなんだ、そもそもそれ——ティーダには見覚えのある薄めの長方形の箱はどこで手に入れたんだ。
「モーグリが売っていた」
 クラウドが、十個入りで15KPだ、と何故か胸を張る。高いのか安いのかよく分からない。そんなものまで売っているとは、モーグリというやつは一体何者なのだろう。
「もう少し薄手のやつは割高だぞ、八個入りで20KP。イボつきのやつは品切れだったが」
「どーでもいいっすよそんなことはあああ!」
 セシル、へえそうなんだ、とか言って感心するな。クラウド、ラインナップを紹介するな、ドヤ顔をやめろ。そもそも今話さなくてはならないのはそんなことではない。
「起きてたんすか! 聞いてたんすか!」
「もちろん。ティーダが魘されて起きたのに寝ていられないよね」
「ああ、心配した」
 そう言うふたりの顔からは、揶揄う色が消えていた。彼らはそれ以上何も言わなかったけれど、ティーダのことを案じていたのは今夜だけのことではないのだろう。よかった、と微笑むセシル、おまえが溜め込むと調子が出ない、とクラウドが肩を竦める。結局迷惑をかけてしまったことに恥じ入るティーダの肩に、フリオニールの手がそっと添えられた。
「ええと、その、何と言ったらいいか」
「あ、正式に報告してくれるの? 別にいいよ? 知ってるよ?」
「いやセシル、聞くぞ。報告・連絡・相談は基本だからな」
「さっすがクラウド。きみのそういうところ、信頼してるよ」
 セシルとクラウドが握った拳を打ち合わせる。このふたりの茶番に付き合っていたら朝食を食べ損ねてしまいそうだ。見上げたフリオニールは、指先で頭をぽりぽりと掻いて苦笑している。
「やっぱりここはあれだよね、『ティーダくんを僕にください』からの鉄拳制裁だよね」
「殴るのは構わないが、ティーダはモノではないからな。そういう非人道的なことを言うやつにティーダを任せることはできない」
「うーん、いいこと言うよね、クラウド」
「……俺、殴られるのか?」
「暴力反対っす」
 ぎくりと身体を強張らせるふたりに、頼れる兄貴分たちはそれはそれは見事な笑顔を向けた。
「そういうことになってるんだ、僕らの中では。ねえクラウド」
「ああ。ずいぶんと遠回りした気もするが、やっと帳尻が合いそうだな」
 言っておくけれどティーダ、きみもだよと嘯くセシルは拳を掌に打ちつけ、クラウドはぶんぶんと肩を回す。咄嗟に逃げの体勢を取るティーダとフリオニールの青ざめた顔に気が済んだのか、セシルとクラウドが顔を見合わせて笑った。
「まあ、ふたりなら大丈夫だよね」
「せいぜい甘やかしてやれ、お互いにな」
「……あーもう、これからもよろしくな、フリオニール!」
 こちらこそ、と嬉しそうに笑う相棒兼恋人に体重を預ける。肩に乗ったままの彼の手が小麦粉まみれなのは、気にしないことにした。




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