III. お節介焼きの幕間



「……なるほどね、フリオニールがそんなことを」
「ああ、思い詰めているというほどではないが、気にかかっているのは確かだな」
 ぱちぱちと火の粉の爆ぜる音、不定のリズムで揺らめく炎。森のどこかでフクロウがホウと鳴いている。寒くも暑くもない、この世界には珍しい穏やかな夜だ。
 クラウドは手遊びに折った枝を火にくべて、隣に腰を下ろした騎士の横顔を見た。ふわりと波打つ銀髪に、太陽の下ではやや不健康にさえ見える白皙の美貌。セシルはその尖った顎に指を当てて、クラウドの話を反芻しているようだった。
 この辺りはイミテーションもおらず、夜の見張りは一人ずつ交代ということになった。最初はフリオニール、それからクラウド、次がセシルで最後がティーダの順番だ。もともと戦闘員であるクラウドやセシルは睡眠が多少ぶつ切りになっても一日二日ならどうということはないが、フリオニールやティーダは違う。出来るだけちゃんと休めるよう、まとめて眠らせてやりたいと言い出したのはセシルだった。だから今ごろ、テントの中ではふたりの弟分たちが眠っているはずだ。
 交代には少し早い時間に起きてきたセシルにも、思うところが前からあったらしい。ティーダに嫌われているのではないか、とこぼしたフリオニールの話をすると、実は僕もティーダからこんな話をされて、と口を開いた。
「フリオニールが怖いんだって」
「怖い?」
「なんだかいつも怒ってるみたいだって言ってたよ。目が合ってもすぐ逸らされるし、武器たくさん持ってるしって」
「……俺はあんたの方がずっと怖いと思うがな」
「うん? クラウド、何か言った?」
 闘いながら一瞬で黒い鎧になったり白い鎧になったり、そちらの方が原理が分からなくてクラウドには恐ろしいが、どう考えても今言うべきことではなかった。なんでもない、とごまかして話の続きを促す。
「それで、ティーダの方はどうしたいんだ」
「やっぱり、もう少し歩み寄りたい気持ちはあるみたいだね。きっかけを見失ってるというところかな」
「なるほどな」
 クラウドとセシルは揃って背後のテントに視線を送った。当事者ふたりがテントの端と端に分かれて眠っているはずだった。自分たちを緩衝材代わりに使うのは構わないが、お互いにどうかしたいと思っているならとっとと手を打つべきだ。
「どうしようねえ。あのままふたりをテントに閉じ込めてみる? 分かり合うまで出られないよって」
「荒療治にもほどがあるな、そもそも誰が判定するんだ」
「肩でも組んで出てきたら合格とかさ」
「その前に本気で殴り合うんだろう」
「もちろん。出てきたら僕らからもとびっきりのやつを一発ずつ贈らせてもらおうね」
 こんなに心配させて、とくすくす優雅な笑い声のセシルは、こう見えて一隊を率いる軍人だったと言うから驚きだ。嫋やかとさえ形容できる容姿と柔らかな物腰を、たまに繰り出すこうした冗談が全力で裏切っている。何かと殴って殴られてで解決しようとする軍隊の気質にはクラウドも覚えがあった。セシルの思いつきが冗談であるうちに鎮火するのが得策だろう。
「冗談はともかくだ」
「僕けっこう本気だよ?」
「殴り合いがか?」
「クラウド、君は僕のことをなんだと思ってるの」
「……」
 今の話の流れで何故自分が非難されなくてはならないのか。釈然としないものを噛み締めてクラウドはこめかみを押さえる。
「殴り合いじゃなくて、ふたりで話し合いさせるってことだよ。別にテントに閉じ込めなくてもいいから、僕らのいないところでさ」
「なるほどな」
「僕らが一緒にいると、特にティーダが甘えるだろう? だから、あのふたりだけひずみに放り込むとか」
「言いたいことは分かるが、何かあっては困るだろう、ふたりだけでひずみに入れるのは」
 セシルが茶を汲んだカップを手に肩を竦める。その菫色の瞳はクラウドを揶揄うように細められていた。
「心配? あのふたりだってちゃんと闘えるじゃないか」
「そうだが、万一ということも」
 それに、ふたりで話し合わせても上手くいかないことだって考えられる。頑固なフリオニールと直情型のティーダだ、言葉の綾ひとつで事態がこじれることも想像できた。そうなればもう分かり合うどころの騒ぎではない。
 クラウドの懸念に、分かったよ、と両手を挙げてセシルは頷いた。
「それじゃあ、中間を取ろう。同じひずみに僕らも入るけど、二手に分かれる時に彼らを組にする。基本は見守って、まずそうだなと思った時だけ介入する。こういうことかな?」
「そうだな……上手くいけばいいが」
「君がそんなに心配性だったなんて、知らなかったよ」
 あざとい表情で下から覗き込んでくるセシルの台詞に苦笑する。クラウド自身、少し歳下の彼らがこんなにも気にかかるとは想定していなかった。興味ないね、と嘯くことすら忘れていた。
「せっかくだから賭けでもしようか」
「賭け?」
「ああ、君は僕らの助けが必要になる方に賭ける、僕は必要じゃない方に賭ける」
「どうしてそんなことを」
「どうしてって? やだなクラウド、そんなのただ単に楽しそうだからに決まってるじゃないか」
 にっこりと微笑む姿だけを見ると騙される。カオス陣営にいるという実兄のことで思い悩んだりしているくせに、よくもまあこんなくだらない遊びを思いつくものだ。いっそ感心さえしてしまう。
「いいじゃないかクラウド、こんな世界なんだから」
「……?」
「ずっと深刻に考え込んでたら、気も身体も保たないよ。そりゃ、世界の存続がかかってるって言われたら、遊んでばかりいるわけにはいかないけどね」
 セシルが白銀の鎧を鳴らして、胡座をかいた膝に頬杖をつく。顔にそぐわない粗野な仕草が、不思議な威厳のようなものさえ醸し出していた。
「どうして僕たちが呼ばれたのか、結局のところコスモスは教えてくれなかったね」
「そうだな」
「考えてみれば彼女もずいぶんと不親切な女神様だけれど、でも僕は感謝してるんだ。君たちに出会うことができたからね」
 芝居のような台詞回しも、この男の唇にはよく似合う。揺れる炎の落とす影が、その横顔をくっきりと切り取った。
「だから、あのふたりにもそう思って欲しいんだ。僕たちは別々の世界から来ているけれど、今ここでは確かに仲間なんだから。そうだろ?」
「……ああ、その通りだな」
「今しか共にいることができないから、時間が惜しいよ。出来るだけ色々な話をして、楽しいことがたくさんあればきっと寂しくない」
「寂しくない? どういう意味だ?」
「いつか別れる時が来ても、さ」
 その言葉はとても小さくて、クラウドは危うく聞き逃すところだった。咄嗟に返す言葉の浮かばない兵士に、セシルがにこりと微笑みかける。その視線はクラウドを見ているようで、その背後に透ける他の誰かに笑いかけているようでもあった。あんたは何を見てるんだ、と問いが口を突いて出ようとした瞬間、セシルの声の調子ががらりと脳天気に変わってしまった。
「そういうわけだから、日々の生活にちょっとした刺激も必要だよね」
「あんたな……」
「うーん、何を賭けようか。何がいい? 実は僕、名案があるんだけど」
 ろくな案ではなさそうだ。警戒を剥き出しにするクラウドを意にも介さず、セシルはその耳元でこしょこしょと囁く。
「……セシル、あんた正気か」
「ふふ、賭けはこれくらいしないとね。どう、乗る?」
「……選択権はないんだろう」
「うーん、クラウドは話が早くて助かるなあ。明日が楽しみだね、クラウド」
 長いこと引き留めてごめんね、ゆっくり休んで、と優美に手を振るセシルに見送られながら、どうしてこいつが秩序側でゴルベーザが混沌側にいるんだろう、とさえ考えてしまうクラウドであった。
 


 翌日、果たして「賭け」はセシルの勝利に終わった。その代償をクラウドがどのようにして支払ったのかは、セシルとクラウドだけが知ることである。
「クラウド、僕またいいこと思いついちゃった」
「賭けなら絶対に乗らないからな」



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