ornament

【ornament】装飾品、調度品、飾り。(やや古)彩りを添える人。
※ハッピー異界設定

 それはティーダの母の喪が明けたある冬の日。
 ようやっと夢のザナルカンドの生活に慣れてきたアーロンは、街並みが一気に華やいだことに気づいた。ショーウィンドウやビルが一斉に雪の華模様のペイントを纏い、日が暮れれば電飾がきらきらと輝き出す。
 何の騒ぎか、と思っていたら、ティーダが学校から帰ってきて、もじもじと何かを話したそうにしている。床に片膝をついて――そうでもしないと正面から目線が合わないのだから仕方がない、ティーダは見下ろされるのが好きではないらしいので――どうしたのかと聞いてやる。
「これ、作った」
 そう言って差し出したのは、金と銀の折り紙で作った星だった。多少歪んだりはみ出したりはしているものの、なかなかの出来だ。
「上手く出来たな」
 それを聞いて、幼いティーダははにかんで笑った。子供の扱いには未だに恐る恐るだが、ひとまずは上手く行ったようだ。
「これをどうするんだ」
「……雪祭り、しないの?」
 打って変わって表情を曇らせるのに、しまった、と内心でほぞを噛む。このザナルカンドに来て数年が経つが、そういった華やかな風習にはてんで疎いままだ。いやするさ、明日おまえが学校に行っている間に揃えておいてやる、と取り繕うように言うと、また嬉しそうに笑ったので安堵した。
 翌日、何かと世話を焼いてくれる近所の老婦人に、雪祭りについて教えてもらった。彼女は奇妙に聞こえるはずのアーロンの質問に訝る様子を見せず、男のひとってそんなものよね、とおっとり笑って、アーロンの胸元くらいの高さの人造の木をくれた。うちではもう使わないの、去年孫が小さな模型を作ってくれたからね。丁重に礼を言うアーロンを、ティーダちゃん喜んでくれるといいわね、と送り出してくれた。
 教示された通り、いくつかの店を回って装飾品を買い集める。ジェクトの「遺産」は唸るほどあったから、そう遠慮することはなかった。独り遺された息子の寂しさを慰めることが出来るのならば、どう遣ってもあの男が文句を言うことはあるまい。
 そうしてリビングに準備を整えた頃、ティーダが帰ってきた。彼はツリーと真新しいオーナメントを見て、アーロンが驚くほど目を輝かせ、ありがとうアーロン、と飛び跳ねた。その小さく軽い身体を抱き上げる。ティーダが作った星を渡してやると、それはそれは可愛らしい笑顔で、ツリーのてっぺんに星をそっと乗せた。

「――ということがあったな」
「ほーお」
 ジェクトの口許がひくひくと引き攣っている。全く心の狭いことだ、せっかく愛息子の愛おしい思い出を共有してやったというのに。何が気に入らないのだろうか。
「……おまえの遺産を使ったことは謝らんぞ」
「テメエ、わざと言ってんだろソレ」
 床にしゃがみこんだブラスカが、わざとらしく笑いを噛み殺している。ぶふっ、と品なく噴き出す様は、大召喚士の面汚しだ。すっかり見慣れたやり取りに、ブラスカの奥方もくすくすと笑いをこぼした。
 大人たちは、ジェクトとティーダの暮らすボートハウスのリビングに集合していた。窓際に聳え立つのは、天井に届きそうなほどに枝を張るもみの木だ。生の樹のかぐわしい香りが家中に広がる。

 今年の雪祭りは盛大にやろう、と言い出したのはブラスカだった。大人たちにとってはそれが雪祭りだろうが新年だろうが夏至祭だろうが、結局は美味いものを食って酒を呑む言い訳に過ぎない。要はティーダを可愛がりたくて仕方ないのだ。こうした理由があれば、思春期の少年もいつもより素直に可愛がられてくれる、というわけだ。もとよりジェクトとアーロンに異論はない。こうした賑やかさを好む奥方の全面協力を得て、今夜は他よりも少し早い五人の雪祭りだった。

 ツリーの飾りつけはティーダにやらせることに決めていた。ブリッツの練習に行った彼の帰りを待ちつつ、ジェクトとブラスカが大量のオーナメントを床に広げているのを見て、暇つぶしの昔語りに興じていたというわけだ。
「自慢かっつーんだよ、クソ」
 長い脚を投げ出して床に座るジェクトが、恨めしそうな目でアーロンを見ている。その表情は単なる嫉妬に見えて、実はたいそう複雑だ。わざとらしくぶうぶう言う彼は、その絡まり合うものに立ち入って欲しくはないだろう。だから、アーロンもことさらに鼻で笑ってやる。
「役得だな」
「その星、持ってねえのか」
「あいにくだが、何年か使ったら分解してしまってな」
「ジェクト、こんな強面の男が折り紙の星を後生大事に持ち歩いていたら怖いだろう」
「だはは、そりゃそうだな」
 ブラスカがツリーを見上げる。その瞳を過ぎる切ない色は、スピラに遺した愛娘のことを思ってだろう。ブラスカの旅立ちの前の降雪祭には、ユウナもまた幼い手で飾り物を準備していた。
 キッチンのオーブンから甘い香りが漂い始める。そろそろかしら、と奥方が立ち上がった。デザートにするケーキの仕上げに入るらしい。

 いつも通り寄り道をして、予告の帰宅時刻よりほんの少し遅れたティーダは、堂々たるもみの木を見て爆笑した。その顔を見てジェクトもブラスカもご満悦だ。
「てかデカすぎ、これ選んだのオヤジだろ」
「おう、よく分かったな」
「どうせ『一番デカイの』って言ったんじゃねえの?」
「あったりめえよ、ちまちましてられっか」
 どうせそんなことだろうと思った、とティーダが肩をすくめる。その手にブラスカがいくつかのオーナメントを握らせた。
「さあティーダ、飾りつけは君だ」
「え、おれ? なんで?」
「君にお願いしたくてね」
 さあさあ遠慮しないで、と少年の背を押す。これもこれも、と次から次へと飾りを押し付けられたティーダは、少し困惑したような顔でアーロンとジェクトを見た。
「ジェクトには任せられんからな」
「おいコラ、どういう意味だ」
「どんな悪趣味なオブジェが出来上がることか」
「表出るかアーロン」
「やめろよオヤジもアーロンも」
 両手いっぱいにきらきらしたものを抱えて、ティーダがツリーを見上げる。まだ困ったように眉尻を下げたままだ。ちりん、と鈴が鳴る。
「……やっぱみんなでやろうよ」
 そう言ってくるりと振り返る。どこか悪戯を企むように、それでいて照れ臭そうに、笑った。
「めちゃくちゃでも、悪趣味でもさ。おれ、みんなで飾ったツリーがいいな」
 はいこれはオヤジの分、と山盛りのオーナメントをジェクトに押し付ける。そのままキッチンにぱたぱたと駆けて行き、成り行きを見守っていた奥方の手を取った。
「あらあら、わたしも?」
「もちろんっす!」
 大人たちをツリーの前に並べた少年は、満足げに頷くと腰に手を当てた。
「今日はおれが監督! さあ、ガンガン行くっすよ!」

 ティーダに飾り付けさせることにこだわっていたブラスカも、あれこれと指示されることはそれはそれで愉快であるらしい。うんと右手を伸ばして、ぎりぎり届きそうな枝に鈴を引っ掛けようとしている。
「ブラスカさん、もーちょい!」
「うう……おじさんは背中が攣りそうだよ……」
「オヤジ、そこは赤じゃなくて青いやつ!」
「へーへー」
 雪に見立てた綿を置き終えた奥方と微笑み合い、アーロンにさぼるなと口を尖らせる。装飾は佳境に入り、全体としてはほとんど完成していた。床を埋め尽くしていた大量の飾りを下げても、もみの木はどしりと安定している。アーロンは電飾を枝葉に絡ませた。
「さーて、そろそろエースの出番っすかね?」
 言いながら、ティーダがテーブルに置かれた箱を開けた。照明を反射して華やかに光る星。ホログラムのラメをまとったそれは、かつて子供が作った折り紙のそれよりも立派に手足を伸ばしている。
「なんでえ、おまえの手作りじゃねえのかよ」
「あっ、なんで知ってんだよ。アーロン!」
 ぎり、と睨みつけてくる視線を微笑で受け流す。オブジェをくるりと回転させたティーダは、ばつが悪そうに早口で、
「……あれはおれとアーロンの特別だったんだよ」
 その言葉に、ブラスカ夫妻がおやおやと相好を崩し、ジェクトが片眉を跳ね上げる。
 何も持たない男と、ほとんどの大切なものを失ってしまった子供。あの少しよれた星は、箱庭の隅で身を寄せ合うふたりにとっては、たしかに特別な何かだった。
「ティーダ」
 アーロンは満たされた想いで一歩踏み出す。背が伸び身体つきもしっかりしてはいるが、見上げてくる目はあの頃と同じ無邪気な輝きを宿していた。
「肩車じゃないと届かないかも」
「勘弁してくれ、今のおまえを肩車なんぞしたら」
「ギックリ腰間違いねえな」
「ギックリ腰ってケアルで治せるかな」
「アルベド印の薬取ってきましょうか?」
 笑い合いながら、ずいぶん重くなった身体を持ち上げる。腰を支えて抱え上げてやると、うわ、と言いながら頭にしがみつかれた。
「おい、髪を引っ張るな」
「いいぞ、でけえハゲができるぜ」
「ジェクト、君は本当に心が狭いねえ」
 いっぱいに伸びた少年の手が、樹のてっぺんに星を乗せた。降りるのを支えてやるふりをして、アーロンはもう一度、腕に力をこめた。