「好きだぜ、スコール」
「そうか」
「俺のダーリンになってくれ」
「断る」
——という会話をしてから、ふたりは買い物に出かけた。スコールが冬用のアウターと新しいスニーカーを買って、ランチをして、サイファーは靴下を買って、本屋を覗いて、市場で野菜と肉と果物を仕入れてフラットに帰り、並んで夕食を用意して、食べながらワインを一本空けた。
「好きだぜ、スコール」
「そうか」
「俺の子猫ちゃん」
「死んでくれ」
そう言いながらふたりでベッドにもつれ込んで、服を脱がせ合ってセックスをした。サイファーが一回達するまでに三回も吐精させられたスコールはのし掛かる男を遅漏野郎と罵って、あまりに小気味良くなってしまった脚韻に繋がったまま揃って笑った。
「おはようスコール、好きだぜ」
「そうか」
「今日こそは俺様と付き合ってもらうからな」
「断る」
次の日も目が覚めて同じような会話をして、それぞれの仕事に向かった。スコールはその日からエスタに出張だったので、夜に電話をかけてこう言った。
「好きだぜ、スコール」
『そうか』
「おまえがいないと上手く眠れねえ」
『おれはよく眠れそうだ』
次の日も、その次の日も、翌週も翌月も、サイファーはスコールを口説き続けた。
スコールの返事はまるで変わらないまま、季節は巡る。
「なあスコール、好きだぜ」
「そうか」
「よく晴れてる、おまえの目みたいな空だな」
「そうでもないだろ」
今日もお決まりのルーティンから一日が始まって、ふたりは家を出る。並んで歩くスコールを少しだけ高いところから見下ろすと、硬質なブルネットはいつの間にか柔らかな栗色に近づいていた。
「好きだぜ、スコール」
「大人二枚」
アクリルパネルの向こうで、チケット売りの係員が珍妙な顔をしていた。ここは美術館のエントランス。スコールはもう一度、大人二枚、と繰り返す。サイファーは次の口説き文句を考えるために黙る。
「あの、失礼ですがお歳をお伺いしても」
遠慮がちに言う係員に、一拍置いてからスコールが身分証を差し出した。生年を何かの表と見比べて、係員はにっこりと笑う。
「シニア料金でご案内いたします」
予定していた金額の半分で済んだ。すたすたと行ってしまうスコールを追いながら、サイファーは口を開く。
「スコール、好きだ」
「そうか」
「俺の恋人になってくれ」
「断る」
はじめてこのやりとりをしてから四十五年目の、ある晴れた日のこと。