投稿者: katsuragi_14
vestige
S・T、二十七歳、一等砲兵。戦闘中の敵前逃亡を現認、即時処刑。戦闘行為終了後、所定の手続きに従って執行者より申請。事後承認、ジャッジ・ガブラス。 A・L・J、三十三歳、上等通信兵。隊用通信器具の私的利用、および虚偽情報…
腫れ上がる空
ヴェーネスが色彩を認識できないと知ったときの、シドの興奮ぶりといったらなかった。傍観者を決め込んでいたヴェインすら唇を綻ばせたそのはしゃぎ方は、まだヒュムに慣れないヴェーネスに驚愕に似たものさえ覚えさせたものだ。「そう…
まばたき
あなたは、わたしの、 あれは若い木の伸びる枝だな、と杯を傾けるバッシュに、フランは片眉を持ち上げることで応えた。言った当人は、言った端から己の拙い詩情に面映くなったのか、まだ三割ほど入っているだろう杯を手にしたまま、…
秘書室G氏の憂鬱な出張
海外出張と言えど、一週間程度ならば機内持ち込みサイズのスーツケースで行きたいものだ。預け入れ荷物はチェックインも早く、飛行機を降りてからも待ち時間が長い――空港のターンテーブルで自分の荷物が出てくるのを待つ時間ほど、人…
深夜のラーメンほど美味いものはない
不意に、ラーメンが食べたくなった。 普通のラーメンがいい。黄色い縮れ麺が、脂の珠が浮く茶色い醤油スープに浸っているアレだ。申し訳程度のシナチクとナルト、薄切りのチャーシューが一枚か二枚、あとは刻んだネギがパラパラと乗っ…
捻れた小指
ヴェインの右手には僅かな瑕疵がある。恐らくは本人すら平素は気に留めもしないだろう、しかしその小指の骨が捩れていることをガブラスは知っている。 どのようにして歪んだのかは分からない。ペンの持ち方がおかしいわけではなく――…
スコール・レオンハートは髪を切りに行ったようです
かろん、とドアベルが鳴り、男は帳簿から顔を上げる。仏頂面でするりと入店したのは、額に傷のある美青年だった。「いらっしゃいませ」「……急にすまないが、頼めるだろうか」「ええと、はい、大丈夫です。カットだけなら」 予約表を…
複製不可能性の祈り、あるいはアルマシー氏の甲斐甲斐しい準備
スコールは己の見目かたちに言及されることをひどく嫌う。その嫌悪はあるいは恐怖にさえ似て見えるのは、サイファーの思い上がりとも言い切れまい。スコールはおそろしいのだ、その面差しが、その瞳が、その鼻筋が、その唇がその肌がそ…
12月の母親たち
この辺りは冬に雨が多いようだ。しとしとと降り始めた小糠雨を頬に感じながら、きっとそのうち本降りになるだろうと予感していた。傘の持ち合わせがないが、たかが雨に濡れるだけのことだ。たかが雨。十二月も終わりに近づき、深まりつ…
キニアス先生の言う通り
無駄に長いメールを読むのに嫌気が差して窓の外を見たら、空の色が夏になっていた。と、感じたことに一拍置いてから驚く。我ながら陳腐ではあるが、それにしたって詩的だ。気恥ずかしさを覚えて軽く頭を振る。(天気がいいから、仕方な…