えー、どうも大変長らくご無沙汰しております。葛城です。
ちょっとアレですね、いくらなんでもご無沙汰しすぎましたね。たまに覗きに来てくださる方々におかれましては大変申し訳なく、恐縮しきりです。このような辺境までご来訪ありがとうございます。サンクユー、フロムザボトムオブマイハート。
このサイトもあっという間に開設一周年です。
一周年の節目にぱーっと大作でもアップできたら良かったのですが、まあ何も書けてません。書きたい気持ちはずっとある。あるんです。本当です。信じてください。
すこーしずつ書き進めていたやつがまだぜんぜん途中なんですけど、せっかくなんで置いておきます。
「Domestique’s high」後日談にしたかったジェク渋(ロードレースAU)
思うに、酒に酔うかどうかは自制心というより、単に好みの問題なのだろう。
酒を呑めば遅かれ早かれ酩酊する。そういうものだ。おおよその場合においてこの「遅かれ早かれ」というのは文字通り時間(と、それにおおむね相関する摂取量)の問題であって、アルコールを摂取している以上は誰しも酔っぱらいになるはずなのである。
酩酊による心身への変化は酒造メーカーのウェブサイトなどを見ればいくらでも啓発コンテンツが用意されているのでいまさらくだくだしくは述べるに当たらないが(なお、ジェクトはこのようなページを必要に迫られて読んだことがある。記憶が正しければ六回は読んでいる。なぜなら反省文を書くのに必要だったからだ)、ここがひとつの分岐点だろう。
つまり、己が酔っ払っている状態を許容するか否か、だ。
ジェクトにとって、酩酊というのはおおむね愉快な状態だ。気分が陽気になって、舌が滑らかに回るようになり、たまに天啓のような閃きが脳髄から湧いてくる。身体のあちこちの古傷が疼くのも酔っ払ってしまえば忘れられるし、世界というのは実際のところさして複雑でも難解でもない、という気分になるのだ。いいことずくめではないか。
もちろんジェクトも——「キング」の称号に恥じぬ天才ロードレーサーではあるが——いちおうはヒトなので、いずれはアセトアルデヒドに代謝されたアルコールの逆襲を受けて頭が痛くなったり吐き気がしたりするようになる。とはいえ、それはそれ、これはこれだ。二日酔いのつらさはジェクトに断酒を決意させる理由にならない。
酔っ払うのは楽しい。酔っ払うために酒を呑むのが好きだ。だからジェクトは酒を呑む。だが、自分と同じ趣味の人間ばかりとは限らないということもジェクトは知っている。
単に酒の味が好かない者もいれば、アルコールと相性が悪くて体調を悪くする者もいる。そういった人間に酒を強いて呑ませるのはジェクトの美学に反する。美学などと御大層な言い回しをすればそれらしく聞こえるかもしれないが、端的に言えばそういう連中に酒を渡すのがもったいないというのが本当の理由だ。だいいち、呑ませたせいで頭が痛いだの気持ちが悪いだのと呻く連中の面倒を見る羽目になるのは馬鹿馬鹿しいではないか。
そんなわけで、ジェクトは呑まない手合いに呑ませることはしない。問題は、呑めば呑めるのに酩酊するのが嫌いだという人間と、それでも盃を重ね合い、あわよくばちょっとばかし酔っ払って欲しいと思っている場合だ。
ジェクトには「友人」と呼んでも差し支えない程度の知人が数多く存在する。彼らと賑やかな場で気安い酒を挟んで騒ぐのも、決して嫌いではない。
だが、腰を据えて酌み交わしたい相手はそう多くない。言ってしまえばふたりだけだ。その片方は同志であり、ジェクトを長年の雌伏からふたたび表舞台へと踏み出す契機を与えてくれた恩人でもある男、ブラスカである。彼と呑む酒はいい。長い付き合いの中には少しばかり苦味や酸味が強すぎる酒もあったが、苦境を脱した今となってはただ穏やかで愉快なものだ。笑い上戸なところも好感が持てる。たまに笑いのたがが外れてすわ呼吸困難か、となることを除けば、だが。
さて、もうひとりはというと、これが目下のところジェクトを大いに煩悶させる難問に他ならなかった。その名はアーロン。十年の空白を挟んで、過去も現在もジェクトの相棒である男だ。ゴールラインだけを目指してひたすらに走るジェクトを先導し、あるいは後背を守り、横風から庇い、置き去りにせざるを得なかった愛息子をも育て上げてくれた、そういう意味ではアーロンもまたジェクトにとっての恩人だ。
親友で、相棒で、恩人。それはそれでいい。ひとりとひとりの間を結ぶ関係性としては、すでにして揺るぎない。だが、とジェクトは思う。たった今飲み干したビールの空き缶を、いつもの癖でべこりとへこませながら。
——だが、まだ足りねえ。
十年前の事故まで、ジェクトとアーロンは間違いなく最高のバディだった。チーム・ブラスカのエースとしてあらゆるコースをぶっちぎりに飛ばすジェクト、「キング」の称号をほしいままにするジェクトの手綱を握り、あまつさえ振り回しているとまで言われたアシストのアーロン。ふたりはそれぞれの愛車に跨り、スピラ中を最高速度で駆けた。他の誰も追いつけないほどのスピードで、あらゆる地形を征服した。
エボンコーポレーションの手から逃げ続けたあの十年、ジェクトは呼吸をするのと同じだけアーロンとの日々を想った。暴風雨のただなかにあってそれでも目元を拭うように、ダイバーが海の深みから水面の光を仰ぐように、その一瞬だけは静謐で穏やかな時間だった。いつか雲を割って君臨し迷える子羊たちに手を差し伸べる手合いの神とやらを信じる気はさらさらなかったが、だからこそ、アーロンとの記憶の残滓を追うあのひとときこそが、あるいはジェクトにとっての救済だったのかもしれない。
三十センチメートルの先を行く彼の、風に舞う後ろ髪を覚えている。アタックをしかける寸前、気迫にみなぎる両肩の稜線を、ビンディングを軋ませてペダルを踏む大腿からふくらはぎの緊張を。ゴールラインの数百メートル手前でジェクトを送り出す瞬間、無酸素全力疾走の最中に満足げな笑みを浮かべる横顔を。
逃避行の間、レースが恋しかった。走りたいだろう、と問うブラスカに、馬鹿言ってんじゃねえ走りたくないわけがねえだろうが、と大仰に答えながら、内心では自分がいったい何を恋うているのかを測りかねた。確かに、風を切って走るあの感覚が欲しかった。細い車輪に身体を預け、微細な起伏に踊らされるスリルに焦がれた。何よりも、無垢なゴールラインを我が身で蹂躙する高揚に代えられるものなどあるはずがなかった。
だが、この渇きを仮に恋しさと呼ぶのだとしたら、欲しいのはレースそのものではない、とジェクトは気づいていた。
たとえ今、全盛期のように愛車で駆けることができたとしたって、それだけでは満たされない。分かっている。エースだなんだとおだてられ衆目を集めたところで、つまるところレースはひとりでは走れないと、いくつもの栄冠を勝ち取ったジェクトこそが知っている。そしてこのスピラで、エース・ジェクトに伴走できるのはたったひとりだ。そのたったひとりが前や横や後ろを走ってくれないのなら、ジェクトの飢餓が癒えることはない。
極端なことを言えば、もう走ってくれなくてもいいのだ。いや、走れるものなら走りたいし、すべてが片付いたら奴がどんな理屈を捏ねようと引きずってでもレースには出るつもりでいるが、それが叶わなくても構わない、ただジェクト唯一のアシストであるあの男の網膜にこの身を映し、名前を呼ばれ、可愛げのない言葉でも聞くことができるのなら、ジェクトはきっと満足できてしまうのだ。
という結論に気づいていたが、ジェクトは努めて見ないふりをした。些細な行動さえ自重せねばならぬ潜伏状態にあって、外部の協力者とのやりとりや調査の一切を引き受けてくれているブラスカやその妻、キマリらの負担を思えば、俺様ひと目でいいからアーロンちゃんに会いたいわ、などと戯けたことを抜かすことは、さしものジェクトにもできなかったのだ。長年の付き合いであるブラスカや、恐ろしく敏いその妻にはひょっとしたら気づかれていたかもわからないが、いずれにせよジェクトは「アーロンに会いたい」という欲求を「とっとと万事片付けてエボンの連中を叩きのめしてやりたい」という闘志に変換し、艱難辛苦を乗り越えた。 ジェクトは、己が身の内に静かに燃えるアーロンへの想いに、急いてラベルを与えることはしなかった。
友情で、信頼で、感謝。角度を変えるたびに違う色を放つ感情は、すでにして充分すぎるほどの堅固さでジェクトの胸を占めている。無聊を持て余す夜半にザナルカンドの方角を眺めては、今頃あのカタブツどうしてやがるかな、と声なしに呟くその響きに、どうやらもうひとつ新しい名前をつけてやれそうだとわかってはいても、首筋を掻く癖を意図的に発動させてごまかした。そういう夜を数えるのも厭になるほど重ねた。
しかし、ジェクトが己を騙し続けることができたのもそう長いことではなかった。
いよいよ告発の最終準備を整える頃合いとなったある日、ジェクトの潜伏していたビーカネル島をアーロンが走った。グランドツアーに次ぐ規模のレースで、アーロンはティーダを牽いた。泣きべそばかりだったお坊ちゃんがいっぱしの顔つきで駆けてゆくのもさながら(さながら、という形容に留めるには過ぎる感動がジェクトの涙腺を揺さぶったわけだが)、彼を千切る勢いで猛然とアタックをしかける熟練のアシストの姿に、ジェクトは息が止まるほどの劇場を覚えて吼えた。吼えて、付き添ってくれていたブラスカの妻に口を塞がれ、本当に窒息するところだった。
アーロンが走っている。白髪が増えた、顔つきに深みが出た、身体が一回り大きくなった、あの頃よりも。あの頃、共に駆けたあの頃とは違う。潰れた右目。周りの選手よりも色の濃いアイガードのレンズ。あの頃とは違う、走り方さえも。クロノマンとしての安定感は一段と増し、若いメンバーたちに目配せする余裕がある。競合チームとの交渉も彼が担っているようだ。インカム越しに聞く声も、きっと違う。あの頃の、聞かん気な、意地の張った、跳ねるような声ではないはずだ。だとしたら、とジェクトはブラスカの妻に呼吸を奪われたまま夢想する。だとしたら、どんな声だ。
(以下続)
おそまつさまでした。続き書きたいです。できれば今年のツールが終わる前に……。
今年のツール、いやーヴィンゲゴー強いわあーと見ていたら、ポガチャルがお山で爆走、おまえほんとマイヨジョーヌ似合うよな! でも大統領はレースなんか見に来てる場合なんすか? とか考えちゃう。そんで今日はカヴェンディッシュが棄権……今年で引退を表明しているカヴェンディッシュにとって最後のツールを、まさか一週目も終わらぬうちに去らねばならないとは……。できれば深刻な怪我ではありませんように……。
いつのどのレースか分からないのですが数日前に偶然出くわした動画があったんですが、優勝した選手が表彰台で花束を受け取って、さて誰に投げるんだ、監督か、パートナーか、ファンに向けてか、と思ったら自分を牽いたアシストに投げた、という映像で、これだよこれ! と手を打って大喜びしてしまいました。エースとアシストのあらまほしき姿を見た。
冒頭でも申し上げましたが、このような茅屋にお運びくださる皆様、本当にありがとうございます。更新の停滞しまくった状態ですが、過去作をお読みいただき、emojiで反応くださる方には感謝の念が尽きません。心が救われます。今までお寄せいただいたコメントなんかも折々に読み返して生きる力にさせていただいています。
少しずつでも書いていきたいなと思いますので、引き続きよろしくお願いします。なんか、こういう話読みたいな、とかあったらメッセージから気楽に教えてください。もしくは励ましとか、近況報告とか、好きな麺類の話とか。葛城はコメントに飢えています。あけっぴろげ。
ではまた、できるだけ近いうちにお会いしましょう。